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懐風藻
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烏丸光広本『徒然草』:兼好法師
序段 つれづれなるままに日暮らし・・・
第1段 いでやこの世に生まれては願はしかるべきことこそ多かめれ・・・
第2段 いにしへのひじりの御代の政をも忘れ・・・
第3段 よろづにいみじくとも色好まざらん男はいとさうざうしく・・・
第4段 後の世のこと心に忘れず仏の道うとからぬこころにくし・・・
第5段 不幸に愁へに沈める人の頭おろしなど・・・
第6段 わが身のやんごとなからんにもまして数ならざらんにも子といふもの・・・
第7段 あだし野の露消ゆる時なく・・・
第8段 世の人の心まどはすこと色欲にはしかず・・・
第9段 女は髪のめでたからんこそ人の目たつべかめれ・・・
第10段 家居のつきづきしくあらまほしきこそ・・・
第11段 神無月のころ栗栖野といふ所を過ぎて・・・
第12段 同じ心ならん人としめやかに物語して・・・
第13段 一人灯のもとに文を広げて見ぬ世の人を友とするぞ・・・
第14段 和歌こそなほをかしきものなれ・・・
第15段 いづくにもあれしばし旅立ちたるこそ目覚むる心地すれ・・・
第16段 神楽こそなまめかしくおもしろけれ・・・
第17段 山寺にかきこもりて仏に仕うまつるこそ・・・
第18段 人はおのれをつづまやかにし奢りを退けて・・・
第19段 折節の移り変るこそものごとにあはれなれ・・・
第20段 なにがしとかやいひし世捨人の・・・
第21段 よろづのことは月見るにこそ慰むものなれ・・・
第22段 何事も古き世のみぞしたはしき・・・
第23段 おとろへたる末の世とはいへど・・・
第24段 斎王の野宮におはしますありさまこそ・・・
第25段 飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば・・・
第26段 風も吹きあへずうつろふ人の心の花に慣れにし年月を思へば・・・
第27段 御国譲りの節会行はれて・・・
第28段 諒闇の年ばかりあはれなることはあらじ・・・
第29段 静かに思へばよろづに過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき・・・
第30段 人の亡きあとばかり悲しきはなし・・・
第31段 雪のおもしろう降りたりし朝人のがり言ふべきことありて・・・
第32段 九月二十日のころある人に誘はれ奉りて・・・
第33段 今の内裏作り出だされて有職の人々に見せられけるに・・・
第34段 甲香は法螺貝のやうなるが・・・
第35段 手のわろき人のはばからず文書き散らすはよし・・・
第36段 久しく訪れぬころいかばかり恨むらんと・・・
第37段 朝夕隔てなく慣れたる人の・・・
第38段 名利に使はれてしづかなるいとまなく一生を苦しむるこそ愚かなれ・・・
第39段 ある人法然上人に・・・
第40段 因幡国に何の入道とかやいふ者の娘・・・
第41段 五月五日賀茂の競馬を見侍りしに・・・
第42段 唐橋中将といふ人の子に行雅僧都とて教相の人の師する僧ありけり・・・
第43段 春の暮れつかたのどやかに艶なる空に・・・
第44段 あやしの竹の編戸の内よりいと若き男の・・・
第45段 公世の二位のせうとに良覚僧正と聞こえしは極めて腹あしき人なりけり・・・
第46段 柳原の辺に強盗法印と号する僧ありけり・・・
第47段 ある人清水へ参りけるに老いたる尼の行きつれたりけるが・・・
第48段 光親卿院の最勝講奉行してさぶらひけるを・・・
第49段 老来たりてはじめて道を行ぜんと待つことなかれ・・・
第50段 応長のころ伊勢国より女の鬼になりたるを率て上りたるといふことありて・・・
第51段 亀山殿の御池に大井川の水をまかせられんとて・・・
第52段 仁和寺にある法師年寄るまで石清水を拝まざりければ・・・
第53段 これも仁和寺の法師童の法師にならんとする名残とて・・・
第54段 御室にいみじき児のありけるをいかで誘ひ出だして遊ばんと・・・
第55段 家の作りやうは夏をむねとすべし・・・
第56段 久しく隔たりて会ひたる人の・・・
第57段 人の語り出でたる歌物語の歌の悪きこそ本意なけれ・・・
第58段 道心あらば住む所にしもよらじ・・・
第59段 大事を思ひ立たん人は・・・
第60段 真乗院に盛親僧都とてやんごとなき智者ありけり・・・
第61段 御産の時甑落すことは定まれることにはあらず・・・
第62段 延政門院いときなくおはしましける時院へ参る人に御ことづてとて・・・
第63段 後七日の阿闍梨武者を集むること・・・
第64段 車の五緒は必ず人によらず・・・
第65段 このごろの冠は昔よりははるかに高くなりたるなり・・・
第66段 岡本関白殿盛りなる紅梅の枝に鳥一双をそへてこの枝に付けて参らすべきよし・・・
第67段 賀茂の岩本橋本は業平実方なり・・・
第68段 筑紫になにがしの押領使などいふやうなる者のありけるが・・・
第69段 書写の上人は法華読誦の功積もりて六根浄にかなへる人なりけり・・・
第70段 元応の清暑堂の御遊に玄上は失せにしころ菊亭大臣牧馬を弾じ給ひけるに・・・
第71段 名を聞くよりやがて面影は推し量らるる心地するを・・・
第72段 賤げなるもの・・・
第73段 世に語り伝ふることまことはあいなきにや多くはみな虚言なり・・・
第74段 蟻のごとくに集まりて東西に急ぎ南北に走る・・・
第75段 つれづれわぶる人はいかなる心ならん・・・
第76段 世のおぼえ花やかなるあたりに・・・
第77段 世の中にそのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること・・・
第78段 今様のことどもの珍しきを言ひ広めもてなすこそまたうけられね・・・
第79段 何ごとも入りたたぬさましたるぞよき・・・
第80段 人ごとにわが身にうときことをのみぞ好める・・・
第81段 屏風・障子などの絵も文字もかたくななる筆やうして書きたるが・・・
第82段 羅の表紙はとく損ずるがわびしきと人の言ひしに・・・
第83段 竹林院入道左大臣殿太政大臣にあがり給はんに・・・
第84段 法顕三蔵の天竺に渡りて・・・
第85段 人の心素直ならねば偽りなきにしもあらず・・・
第86段 惟継中納言は風月の才に富める人なり・・・
第87段 下部に酒飲ますることは心すべきことなり・・・
第88段 ある者小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを・・・
第89段 奥山に猫またといふものありて人を食ふなると人の言ひけるに・・・
第90段 大納言法印の召し使ひし乙鶴丸やすら殿といふ者を知りて・・・
第91段 赤舌日といふこと陰陽道には沙汰なきことなり・・・
第92段 ある人弓射ることを習ふにもろ矢をたばさみて的に向ふ・・・
第93段 牛を売る者あり・・・
第94段 常磐井相国出仕し給ひけるに勅書を持ちたる北面あひ奉りて・・・
第95段 箱のくりかたに緒を付くることいづかたに付け侍るべきぞ・・・
第96段 めなもみといふ草あり・・・
第97段 その物に付きてその物を費し損ふ物数を知らずあり・・・
第98段 尊き聖の言ひ置けることを書き付けて一言芳談とかや名付けたる・・・
第99段 堀河相国は美男のたのしき人にてそのこととなく過差を好み給ひけり・・・
第100段 久我相国は殿上にて水を召しけるに・・・
第101段 ある人任大臣の節会の内弁を勤められけるに・・・
第102段 尹大納言光忠入道追儺の上卿を勤められけるに・・・
第103段 大覚寺殿にて近習の人どもなぞなぞを作りて解かれけるところへ・・・
第104段 荒れたる宿の人目なきに女のはばかることあるころにて・・・
第105段 北の屋かげに消え残りたる雪のいたう凍りたるに・・・
第106段 高野の証空上人京へ上りけるに・・・
第107段 女のもの言ひかけたる返事とりあへずよきほどにする男はありがたきものぞとて・・・
第108段 寸陰惜しむ人なしこれよく知れるか愚かなるか・・・
第109段 高名の木登りといひし男・・・
第110段 双六の上手といひし人にその行を問ひ侍りしかば・・・
第111段 囲碁双六好みて明かし暮らす人は四重五逆にもまされる悪事とぞ思ふ・・・
第112段 明日は遠国へ赴くべしと聞かん人に・・・
第113段 四十にも余りぬる人の色めきたる方・・・
第114段 今出川の大臣殿嵯峨へおはしけるに・・・
第115段 宿河原といふ所にてぼろぼろ多く集まりて九品の念仏を申しけるに・・・
第116段 寺院の号さらぬよろづの物にも名を付くること昔の人は少しも求めず・・・
第117段 友とするに悪き者七つあり・・・
第118段 鯉の羹食ひたる日は鬢そそけずとなん・・・
第119段 鎌倉の海に鰹といふ魚はかの境には双なきものにて・・・
第120段 唐の物は薬のほかは無くともこと欠くまじ・・・
第121段 養ひ飼ふものは馬牛・・・
第122段 人の才能は文あきらかにして聖の教へを知れるを第一とす・・・
第123段 無益のことをなして時を移すを愚かなる人とも僻事する人とも言ふべし・・・
第124段 是法法師は浄土宗に恥ぢずといへども・・・
第125段 人におくれて四十九日の仏事にある聖を請じ侍りしに・・・
第126段 博奕の負け極まりて残りなく打ち入れんとせんにあひては打つべからず・・・
第127段 改めて益なきことは改めぬをよしとするなり・・・
第128段 雅房大納言は才かしこくよき人にて・・・
第129段 顔回は志人に労をほどこさじとなり・・・
第130段 物に争はずおのれを枉げて人に従ひわが身を後にして人を先にするにはしかず・・・
第131段 貧しき者は財をもて礼とし老いたる者は力をもて礼とす・・・
第132段 鳥羽の作道は鳥羽殿建てられて後の号にはあらず・・・
第133段 夜の御殿は東御枕なり・・・
第134段 高倉院の法華堂の三昧僧なにがしの律師とかやいふ者ある時鏡を取りて・・・
第135段 資季大納言入道とかや聞えける人具氏宰相中将にあひて・・・
第136段 医師篤成故法皇の御前にさぶらひて・・・
第137段 花は盛りに月はくまなきをのみ見るものかは・・・
第138段 祭過ぎぬれば後の葵不用なりとて・・・
第139段 家にありたき木は松桜・・・
第140段 身死して財残ることは智者のせざるところなり・・・
第141段 悲田院の尭蓮上人は俗姓は三浦の某とかや双なき武者なり・・・
第142段 心なしと見ゆる者もよき一言言ふものなり・・・
第143段 人の終焉のありさまのいみじかりしことなど人の語るを聞くに・・・
第144段 栂尾の上人道を過ぎ給ひけるに・・・
第145段 御随身秦重躬北面の下野入道信願を・・・
第146段 明雲座主相者にあひ給ひておのれもし兵仗の難やあると・・・
第147段 灸治あまた所になりぬれば神事に穢れありといふこと・・・
第148段 四十以後の人身に灸を加へて三里を焼かざれば上気の事あり・・・
第149段 鹿茸を鼻に当てて嗅ぐべからず・・・
第150段 能をつかんとする人よくせざらんほどはなまじひに人に知られじ・・・
第151段 ある人のいはく年五十になるまで上手に至らざらん芸をば捨つべきなり・・・
第152段 西大寺の静然上人腰かがまり眉白くまことに徳たけたるありさまにて・・・
第153段 為兼大納言入道召し捕られて・・・
第154段 この人東寺の門に雨宿りせられたりけるに・・・
第155段 世にしたがはん人はまづ機嫌を知るべし・・・
第156段 大臣の大饗はさるべき所を申しうけて行ふ常のことなり・・・
第157段 筆を取ればもの書かれ楽器を取れば音を立てんと思ふ・・・
第158段 盃の底を捨つることはいかが心得たるとある人の尋ねさせ給ひしに・・・
第159段 みな結びと言ふは糸を結び重ねたるが蜷といふ貝に似たれば言ふ・・・
第160段 門に額かくるを打つと言ふは良からぬにや・・・
第161段 花の盛りは冬至より百五十日とも時正の後七日とも言へど・・・
第162段 遍照寺の承仕法師池の鳥を日ごろ飼ひつけて・・・
第163段 太衝の太の字点打つ打たずといふこと陰陽のともがら相論のことありけり・・・
第164段 世の人あひ会ふ時暫くも黙止することなし・・・
第165段 吾妻の人の都の人に交はり・・・
第166段 人間の営みあへるわざを見るに・・・
第167段 一道にたづさはる人あらぬ道の筵にのぞみて・・・
第168段 年老いたる人の一事すぐれたる才のありて・・・
第169段 何事の式といふことは後嵯峨の御代までは言はざりけるを・・・
第170段 さしたることもなくて人のがり行くはよからぬことなり・・・
第171段 貝を覆ふ人の我が前なるをばおきて余所を見渡して・・・
第172段 若き時は血気内に余り心物に動きて情欲多し・・・
第173段 小野小町がこときはめて定かならず・・・
第174段 小鷹に良き犬大鷹に使ひぬれば小鷹に悪くなると言ふ・・・
第175段 世には心得ぬことの多きなり・・・
第176段 黒戸は小松御門位につかせ給ひて昔ただ人におはしましし時・・・
第177段 鎌倉中書王にて御鞠ありけるに・・・
第178段 ある所の侍ども内侍所の御神楽を見て人に語るとて・・・
第179段 入宋の沙門道眼上人一切経を持来して六波羅のあたり・・・
第180段 左義長は正月に打たる毬杖を真言院より神泉苑へ出だして焼き上ぐるなり・・・
第181段 ふれふれこゆきたんばのこゆきといふこと・・・
第182段 四条大納言隆親卿干鮭といふものを供御に参らせられたりけるを・・・
第183段 人突く牛をば角を切り人食ふ馬をば耳を切りてその印とす・・・
第184段 相模守時頼の母は松下禅尼とぞ申しける・・・
第185段 城陸奥守泰盛はさうなき馬乗りなりけり・・・
第186段 吉田と申す馬乗りの申し侍りしは・・・
第187段 よろづの道の人たとひ不堪なりといへども堪能の非家の人に並ぶ時・・・
第188段 ある者子を法師になして・・・
第189段 今日はそのことをなさんと思へど・・・
第190段 妻といふものこそ男の持つまじきものなれ・・・
第191段 夜に入りて物の栄えなしと言ふ人いと口惜し・・・
第192段 神仏にも人の詣でぬ日夜参りたるよし
第193段 暗き人の人を量りてその智を知れりと思はんさらに当たるべからず・・・
第194段 達人の人を見る眼は少しも誤る所あるべからず・・・
第195段 ある人久我縄手を通りけるに・・・
第196段 東大寺の神輿東寺の若宮より帰座の時源氏の公卿参られけるに・・・
第197段 諸寺の僧のみにもあらず定額の女嬬といふこと延喜式に見えたり・・・
第198段 揚名介に限らず揚名目といふものもあり・・・
第199段 横川の行宣法印が申し侍りしは唐土は呂の国なり・・・
第200段 呉竹は葉細く河竹は葉広し・・・
第201段 退凡下乗の卒都婆外なるは下乗内なるは退凡なり
第202段 十月を神無月と言ひて神事にはばかるべきよしは記したるものなし・・・
第203段 勅勘の所に靫かくる作法今は絶えて知れる人なし・・・
第204段 犯人を笞にて打つ時は拷器に寄せて結ひ付くるなり・・・
第205段 比叡山に大師勧請の起請といふことは慈恵僧正書き始め給ひけるなり・・・
第206段 徳大寺右大臣殿検非違使の別当の時中門使庁の評定行はれけるほどに・・・
第207段 亀山殿建てられんとて地を引かれけるに・・・
第208段 経文などの紐を結ふに・・・
第209段 人の田を論ずるもの訴へに負けてねたさにその田を刈りて取れとて・・・
第210段 喚子鳥は春のものなりとばかり言ひて・・・
第211段 よろづのことは頼むべからず・・・
第212段 秋の月はかぎりなくめでたきものなり・・・
第213段 御前の火炉に火を置く時は火箸して挟むことなし・・・
第214段 想夫恋といふ楽は女男を恋ふるゆゑの名にはあらず・・・
第215段 平宣時朝臣老いの後昔語りに・・・
第216段 最明寺入道鶴岡の社参のついでに・・・
第217段 ある大福長者のいはく・・・
第218段 狐は人に食ひつくものなり・・・
第219段 四条黄門命ぜられていはく龍秋は道にとりてはやんごとなき者なり・・・
第220段 何事も辺土は賤しくかたくななれども天王寺の舞楽のみ都に恥ぢずと言へば・・・
第221段 建治弘安のころは祭の日の放免の付け物に・・・
第222段 竹谷乗願房東二条院へ参られたりけるに・・・
第223段 鶴の大臣殿は童名たづ君なり・・・
第224段 陰陽師有宗入道鎌倉より上りて尋ね詣で来たりしが、・・・
第225段 多久資が申しけるは・・・
第226段 後鳥羽院の御時信濃前司行長稽古の誉ありけるが・・・
第227段 六時礼讃は法然上人の弟子安楽といひける僧経文を集めて作りて・・・
第228段 千本の釈迦念仏は文永のころ如輪上人これを始められけり・・・
第229段 よき細工は少し鈍き刀を使ふと言ふ・・・
第230段 五条内裏には妖物ありけり・・・
第231段 園の別当入道はさうなき庖丁者なり・・・
第232段 すべて人は無智無能なるべきものなり・・・
第233段 よろづの咎あらじと思はば・・・
第234段 人の物を問ひたるに・・・
第235段 主ある家にはすずろなる人心のままに入り来ることなし・・・
第236段 丹波に出雲といふ所あり・・・
第237段 柳筥に据ゆる物は縦さま横さま物によるべきにや・・・
第238段 御随身近友が自讃とて、七箇条書き留めたることあり・・・
第239段 八月十五日九月十三日は婁宿なり・・・
第240段 しのぶの浦の蜑の見るめも所せくくらぶの山も守る人しげからんに・・・
第241段 望月の円かなることはしばらくも住せずやがて欠けぬ・・・
第242段 とこしなへに違順に使はるることはひとへに苦楽のためなり・・・
第243段 八つになりし年父に問ひていはく・・・
奥書
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