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大福光寺本『方丈記』:鴨長明

翻刻

ユク河ノナカレハタエスシテシカモゝトノ水ニアラス
ヨトミニウカフウタカタハカツキエカツムスヒテヒサシク
トゝマリタルタメシナシ世中ニアル人ト栖ト又カクノ
コトシタマシキノミヤコノウチニ棟ヲナラヘイラカヲ
アラソヘルタカキ(イ)ヤシキ人ノスマヒハ世々ヲヘテ
ツキセヌ物ナレト是ヲマコトカト尋レハ昔アリシ
家ハマレナリ或ハコソヤケテコトシツクレリ或ハ大
家ホロヒテ小家トナルスム人モ是ニ同シトコロモカハラ
ス人モヲホカレトイニシヘ見シ人ハ二三人カ中ニワツ
カニヒトリフタリナリ朝ニ死ニ夕ニ生ルゝナラヒ(タゝ)
水ノアハニソ似タリケル不知ウマレ死ル人イツカタヨリ
キタリテイツカタヘカ去ル又不知カリノヤトリタカ
為ニカ心ヲナヤマシナニゝヨリテカ目ヲヨロコハシムル
ソノアルシトスミカト無常ヲアラソフサマイハゝアサカ
ホノ露ニコトナラス或ハ露ヲチテ花ノコレリノコル
トイヘトモアサ日ニカレヌ或ハ花シホミテ露ナヲキ
エスキエストイヘトモ夕ヲマツ事ナシ予モノゝ

校訂本文

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖と又かくのごとし。

たましきのみやこのうちに棟をならべいらかをあらそへる、高き卑しき人のすまひは、世々をへて尽きせぬ物なれど、是をまことかと尋れば、昔ありし家はまれなり。或は、去年焼けて今年つくれり。或は、大家滅びて小家となる。住む人も是に同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は二三人が中にわづかに一人二人なり。朝に死に夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。

知らず。生まれ死る人、いづかたよりきたりて、いづかたへか去る。また知らず。仮のやどり、誰が為にか心をなやまし、なにによりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと無常をあらそふさま、いはば朝顔の露にことならず。或は露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。或は花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕を待つ事なし。

安元の大火

翻刻

心ヲシレリシヨリヨソチアマリノ春秋ヲゝクレル
アヒタニ世ノ不思議ヲ見ル事ヤゝタヒタヒニナリヌ
去安元三年四月廿八日カトヨ風ハケシクフキテシ
ツカナラサリシ夜イヌノ時許ミヤコノ東南ヨリ
火イテキテ西北ニイタルハテニハ朱雀門大極殿
大学レウ民部省ナトマテウツリテ一夜ノウチニ
塵灰トナリニキホモトハ桶口冨ノ小路トカヤ
舞人ヲヤトセルカリヤヨリイテキタリケルトナン
フキマヨフ風ニトカクウツリユクホトニ扇ヲヒロケタル
カコトクスヱヒロニナリヌトヲキ家ハ煙ニムセヒチカキ
アタリハヒタスラ焔ヲゝ地ニフキツケタリソラニハ
ハヰヲフキタテタレハ日ノヒカリニエイシテアマネク
クレナヰナル中ニ風ニタエスフキゝラレタルホノホ
飛カ如クシテ十二町ヲコエツゝウツリユクモ中
ノ人ウツシ心アラムヤ或ハ煙ニムセヒテタウレフシ
或ハホノヲニマクレテタチマチニ死ヌ或ハ身ヒト
ツカラウシテノカルゝモ資財ヲ取出ルニオヨハス
七珍万宝サナカラ灰燼トナリニキ其ノ費エ
イクソハクソ其ノタヒ公卿ノ家十六ヤケタリ
マシテ其外カソヘシルニヲヨハス惣テミヤコノウチ
三分カ一ニヲヨヘリトゾ男女シヌルモノ数十人馬牛
ノタクヒ辺際ヲ不知人ノイトナミ皆ヲロカナルナカニサシモ
アヤウキ京中ノ家ヲツクルトテタカラヲツイヤシコゝロヲ
ナヤマス事ハスクレテアチキナクソ侍ル又治承

校訂本文

予ものの心をしれりしより、よそぢあまりの春秋を送れるあひだに、世の不思議を見る事、やゝたびたびになりぬ。

去安元三年四月廿八日かとよ。風はげしく吹きてしづかならざりし夜。戌の時許、みやこの東南より火いできて、西北にいたる。はてには朱雀門大極殿大学寮民部省などまでうつりて一夜のうちに塵灰となりにき。火元は桶口冨の小路とかや。舞人をやどせる仮屋よりいできたりけるとなん。

ふきまよふ風に、とかくうつりゆくほどに扇をひろげたるがごとく末広になりぬ。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすら焔を地にふきつけたり。空には灰をふきたてたれば、日の光に影じて、あまねくくれなゐなる中に、風にたえずふき切られたる炎飛ぶが如くして、十二町を超えつつ移りゆくも、中の人うつし心あらむや。或は煙にむせびてたうれふし、或は炎にまぐれてたちまちに死ぬ。或は身ひとつからうじてのがるるも、資財を取出るにおよばず、七珍万宝さながら灰燼となりにき。其の費えいくそばくぞ。

其のたび公卿の家十六焼けたり。まして其外かぞへ知るに及ばず。惣てみやこのうち 三分が一に及べりとぞ。男女死ぬるもの数十人。馬牛のたぐひ辺際を知らず。人の営み皆愚かなるなかに、さしもあやうき京中の家を作るとて、宝を費やし心をなやます事は、すぐれてあぢきなくぞ侍る。

治承の辻風

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四年卯月ノコロ中御門京極ノホトヨリヲホキナル
ツシ風ヲコリテ六条ワタリマテフケル事ハヘリキ三
四町ヲフキマクルアヒタニコモレル家トモヲホキナルモチ
ヰサキモヒトツトシテヤフレサルハナシサナカラヒラニタフ
レタルモアリケタハシラハカリノコレルモアリカトヲフ
キハナチテ四五町カホカニヲキ又カキヲフキハラ
ヒテトナリトヒトツニナセリイハムヤイヱノウチノ資
財カスヲツクシテソラニアリヒハタフキイタノタクヒ冬
ノコノハノ風ニ乱ルカ如シチリヲ煙ノ如ク吹タテ
タレハスヘテ目モミエスヲヒタゝシクナリトヨムホトニ
モノイフコヱモキコエス彼ノ地獄ノ業ノ風ナリト
モカハカリニコソハトソヲホユル家ノ損亡セルノミニア
ラス是ヲトリツクロフアヒタニ身ヲソコナヒ片輪ツケル
人カスモシラスコノ風ヒツシノ方ニウツリユキテヲホク
ノ人ノナケキナセリツシ風ハツネニフク物ナレトカゝル事ヤ
アルタタ事ニアラスサルヘキモノゝサトシカナトソウタカヒ
ハヘリシ又治承四年ミナ月ノ比ニハカニミヤコウツリ

校訂本文

又治承四年卯月のころ、中御門京極のほどより大きなる辻風起こりて、六条わたりまで吹ける事はべりき。三四町を吹きまくるあひだに、こもれる家ども、大きなるも小さきも一つとしてやぶれざるはなし。

さながら平にたふれたるもあり。桁柱ばかり残れるもあり。門を吹きはなちて四五町が外に置き、又垣を吹きはらひて隣と一つになせり。

いはむや家のうちの資財、数をつくして空にあり。檜皮、葺板のたぐひ、冬の木の葉の風に乱るるが如し。塵を煙の如く吹きたてたれば、すべて目もみえずおびただしく鳴りどよむほどに、ものいふ声も聞こえず、彼の地獄の業の風なりともかばかりにこそはとぞおぼゆる。家の損亡せるのみにあらず。是をとりつくろふ間に、身をそこなひ片輪つける人、数もしらず。

この風ひつじの方にうつりゆきて、多くの人のなげきなせり。辻風はつねに吹く物なれど、かかる事やある。ただ事にあらず。さるべきもののさとしかなとぞ、疑ひはべりし。

福原遷都

翻刻

侍キイトヲモヒノ外也シ事ナリヲホカタ此ノ京ノハシ
メヲキケル事ハ嵯峨ノ天皇ノ御時ミヤコトサタマリニ
ケルヨリノチステニ四百余歳ヲヘタリコトナルユヘナクテ
タヤスクアラタマルヘクモアラネハコレヲ世ノ人ヤスカラス
ウレヘアヘル実ニ事ハリニモスキタリサレトゝカクイフ
カヒナクテ帝ヨリハシメタテマツリテ大臣公卿ミナ
悉クウツロヒ給ヒヌ世ニツカフルホトノ人タレカ一人フル
サトニノコリヲラムツカサクラヰニ思ヲカケ主君ノカケ
ヲタノムホトノ人ハ一日ナリトモトクウツロハムトハケミ時ヲ
ウシナヒ世ニアマサレテコスル所ナキモノハウレヘナカラ
トマリヲリノキヲアラソヒシ人ノスマヒ日ヲヘツゝアレ
ユク家ハコホタレテ淀河ニウカヒ地ハメノマヘニ畠ト
ナル人ノ心ミナアラタマリテタゝ馬クラヲノミヲモク
スウシクルマヲヨウスル人ナシ西南海ノ領所ヲネカヒ
テ東北ノ荘薗ヲコノマスソノ時ヲノツカラ事ノ
タヨリアリテツノクニノ今ノ京ニイタレリ所ノアリ
サマヲミルニ南ハ海チカクテクタレリナミノヲトツネ
ニカマヒスシクシホ風コトニハケシ内裏ハ山ノ中
ナレハ彼ノ木ノマロトノモカクヤトナカナカヤウカハリテ
イウナルカタモハヘリヒゝニコホチカハモセニハコヒクタス
イヱイツクニツクレルニカアルラムナヲムナシキ地ハオホク
ツクレルヤハスクナシ古京ハステニ荒テ新都ハイマタ
ナラスアリトシアル人ハ皆浮雲ノヲモヒヲナセリモト
ヨリコノ所ニヲルモノハ地ヲウシナヒテウレフ今ウツレル
人ハ土木ノワツラヒアル事ヲナケクミチノホトリヲ
ミレハ車ニノルヘキハ馬ニノリ衣冠布衣ナルヘキハ
多クヒタゝレヲキタリミヤコノ手振里タチマチニ
アラタマリテタゝヒナタルモノゝフニコトナラス世ノ
乱ルゝ瑞相トカキケルモシルク日ヲヘツゝ世中ウキタ
チテ人ノ心モヲサマラスタミノウレヘツヰニムナシカラサ
リケレハヲナシキ年ノ冬ナヲコノ京ニ帰リ給ニキ
サレトコホチワタセリシ家トモハイカニナリニケルニカ
悉クモトノ様ニシモツクラスツタヘキクイニシヘノカシ
コキ御世ニハアハレミヲ以テ国ヲゝサメ給フスナハチ殿ニ
カヤフキテモノキヲタニトゝノヘス煙ノトモシキヲミ
給フ時ハカキリアルミツキ物ヲサヘユルサレキ是民ヲ
メクミ世ヲタスケ給フニヨリテナリ今ノ世ノアリサマ
昔ニナソラヘテシリヌヘシ又養和ノコロトカ久クナリ

校訂本文

又、治承四年水無月の頃、俄にみやこうつり侍りき。いと思ひの外なりし事なり。

おほかた此の京のはじめを聞ける事は、嵯峨の天皇の御時、都とさだまりにけるより後、すでに四百余歳を経たり。異なるゆゑなくて、たやすくあらたまるべくもあらねば、これを世の人やすからず憂へあへる、実にことはりにもすぎたり。

されど、とかくいふかひなくて、帝よりはじめたてまつりて、大臣公卿みな悉くうつろひ給ひぬ。世につかふるほどの人、誰か一人ふるさとに残りをらむ。官位に思ひをかけ、主君のかげを頼むほどの人は、一日なりともとく遷ろはむと励み、時を失ひ、世にあまされて期する所なき者は、憂へながら留まりをり。

軒を争ひし人のすまひ、日を経つつ荒れゆく。家はこぼたれて淀河にうかび、地は目の前に畠となる。

人の心皆改まりて、ただ馬鞍をのみ重くす。牛車を用する人なし。西南海の領所を願ひて、東北の荘薗を好まず。

その時、おのづから事のたよりありて、津の国の今の京に至れり。所のありさまを見るに、南は海近くて下れり。波の音、常にかまびすしく、潮風、ことにはげし。

内裏は山の中なれば、彼の木の丸殿もかくやと、なかなかやうかはりて優なるかたもはべり。日々にこぼち、川もせに運びくだす家、いづくにつくれるにかあるらむ。なほむなしき地は多く、つくれる屋は少なし。

古京はすでに荒れて、新都はいまだならず。ありとしある人は、皆浮雲の思ひをなせり。もとよりこの所にをるものは、地を失ひて憂ふ。今移れる人は、土木のわづらひある事を嘆く。道のほとりを見れば、車に乗るべきは馬に乗り、衣冠布衣なるべきは多く直垂を着たり。都の手振里、たちまちにあらたまりて、ただ鄙たるもののふに異ならず。

世の乱るる瑞相とか聞けるもしるく、日を経つつ世の中浮き立ちて、人の心もをさまらず。民の憂へ、つゐにむなしからざりければ、同じき年の冬、なほこの京に帰り給ひにき。されど、こぼちわたせりし家どもはいかになりにけるにか、悉く元の様にしもつくらず。

伝へ聞く、いにしへのかしこき御世には、あはれみを以て国ををさめ給ふ。すなはち殿に 茅ふきても、軒をだにととのへず、煙の乏しきを見給ふ時は、限りあるみつぎ物をさへ許されき。これ民をめぐみ、世を助け給ふによりてなり。今の世のありさま、昔になぞらへて知りぬべし。

養和の飢饉

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テヲホエス二年カアヒタ世中飢渇シテアサマシキ
事侍リキ或ハ春夏ヒテリ或ハ秋大風洪水ナト
ヨカラヌ事トモウチツゝキテ五穀事ゝクナラス
ナツウフルイトナミアリテ秋カリ冬ヲサムルソメキハ
ナシ是ニヨリテ国々ノ民或ハ地ヲステゝサカヒヲ
イテ或ハ家ヲワスレテ山ニスムサマサマノ御祈ハシ
マリテナヘテナラヌ法トモヲコナハルレト更ニ其ノ
シルシナシ京ノナラヒナニワサニツケテモミナモトハ
ヰナカヲコソタノメルニタヘテノホルモノナケレハサノミ
ヤハミサヲモツクリアヘンネムシワヒツゝサマサマノ財物
カタハシヨリスツルカ事クスレトモ更ニメミタツル人ナシ
タマタマカフル物ハ金ヲカロクシ粟ヲゝモクス乞食路
ノホトリニヲホクウレヘカナシムコヱ耳ニミテリマヘノ
トシカクノ如クカラウシテクレヌアクルトシハタチナヲルヘキ
カトヲモフホトニアマリサヘエキレイウチソヒテマサゝ
マニアトカタナシ世人ミナケイシヌレハ日ヲヘツゝキ
ハマリユクサマ少水ノ魚ノタトヘニカナヘリハテニハカサウ
チキ足ヒキツゝミヨロシキスカタシタル物ヒタスラニ家
コトニコヒアリクカクワヒシレタルモノトモノアリクカト
ミレハスナハチタフレフシヌ築地ノツラ道ノホトリニ
ウヘシヌ物ノタクヒカスモ不知トリスツルワサモシラ
ネハクサキカ世界ニミチ満テカハリユクカタチアリ
サマ目モアテラレヌコトヲホカリイハムヤカハラナトニ
ハ馬車ノユキカフ道タニモナシアヤシキシツヤマカツモ
チカラツキテタキゝサヘトモシクナリユケハタノムカタ
ナキ人ハミツカラ家ヲコホチイチニイテゝウル一人
カモチテイテタルアタヒ一日カ命ニタニ不及トソアヤシ
キ事ハ薪ノ中ニアカキニツキハクナト所々ニミユル
木アヒマシハリケルヲタツヌレハスヘキカタナキ物フル寺
ニイタリテ仏ヲヌスミ堂ノモノゝ具ヲヤフリトリテ
ワリクタケルナリケリ濁悪世ニシモムマレアヒテカゝル
心ウキワサヲナン見侍シイトアハレナル事モ侍キサリカタ
キ妻ヲトコモチタル物ハソノオモヒマサリテフカキ物
必サキタチテ死ヌソノ故ハワカ身ハツキニシテ人ヲイタ
ハシクヲモフアヒタニマレマレヱタルクヒ物ヲモカレニユツルニヨ
リテナリサレハヲヤコアル物ハサタマレル事ニテヲヤソ
サキタチケル又ハゝノ命ツキタルヲ不知シテイトケナキ
子ノナヲチヲスイツツフセルナトモアリケリ仁和寺ニ隆
暁法印トイフ人カクシツゝ数モ不知死ル事ヲカナシミテ
ソノカウヘノミユルコトニヒタイニ阿字ヲカキテ縁ヲ結ハシム
ルワサヲナンセラレケル人カスヲシラムトテ四五両月ヲ
カソヘタリケレハ京ノウチ一条ヨリハ南九条ヨリハ北京
極ヨリハニシ朱雀ヨリハ東ノ路ノホトリナルカシラスヘテ
四万二千三百アマリナンアリケルイハムヤソノ前後ニシヌル
物オホク又河原白河西ノ京モロモロノ辺地ナトヲクハヘ
テイハゝ際限モアルヘカラスイカニイハムヤ七道諸国ヲ
ヤ崇徳院ノ御位ノ時長承ノコロトカカゝルタメシア
リケリトキケトソノ世ノアリサマハシラスマノアタリメ
ツラカナリシ事也又オナシコロカトヨヲヒタゝシクヲホナヰ

校訂本文

又、養和のころとか、久しくなりておぼえず。二年があひだ、世の中飢渇してあさましき 事侍りき。

或は春夏日照り、或は秋大風洪水などよからぬ事どもうちつづきて、五穀ことごとくならず。 夏、植ふるいとなみありて、秋刈り、冬をさむるそめきはなし。是によりて、国々の民、或は地を捨てて境をいで、或は家を忘れて山に住む。さまざまの御祈はじまりて、なべてならぬ法ども行はるれど更に其のしるしなし。

京のならひ、なにわざにつけても、皆もとは田舎をこそ頼めるに、絶えてのぼるものなければ、さのみやはみさをもつくりあへん。念じわびつつ、さまざまの財物、かたはしより捨つるがごとくすれども、更に目見たつる人なし。たまたまかふる物は、金を軽くし粟を重くす。乞食、路のほとりに多く、憂へ悲しむ声耳に満てり。前の年、かくのごとくからうじて暮れぬ。

明くる年は立直るべきかと思ふほどに、あまりさへ疫癘うちそひて、まさざまに跡形なし。世人みなけいしぬれべ、日を経つつきはまりゆくさま、少水の魚の喩へにかなへり。

果てには笠うち着、足ひきつつみ、よろしき姿したる者、ひたすらに家ごとに乞ひ歩く。かくわび痴れたるものどもの歩くかと見れば、すなはち倒れ伏しぬ。

築地のつら道のほとりに、飢ゑ死ぬ者のたぐひかずも知らず。とり捨つるわざも知らねば、臭き香、世界にみちみちて、変はりゆくかたち、ありさま、目もあてられぬこと多かり。いはむや河原などには、馬・車のゆきかふ道だにもなし。

あやしき賤、山がつも力尽きて、薪さへ乏しくなりゆけば、頼むかたなき人はみづからが家をこぼち、市に出でて売る。一人がもちて出でたる価、一日が命にだに及ばずとぞ。

あやしき事は、薪の中に赤き丹付き、箔など所々に見ゆる木、あひまじはりけるをたづぬれば、すべきかたなき物、古寺にいたりて仏を盗み、堂の物の具をやぶりとりて割り砕けるなりけり。濁悪世にしも生まれあひてかかる心憂きわざをなん見侍りし。

いとあはれなる事も侍りき。さりがたき妻、をとこもちたる者は、その思ひまさりて深き者 必ず先だちて死ぬ。その故は、わが身は次にして人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食ひ物をもかれに譲るによりてなり。さればをや、子ある者はさだまれる事にて、親ぞ先立ちける。また、母の命尽きたるを知らずして、いとけなき子の、なを乳を吸いつつ臥せるなどもありけり。

仁和寺に隆暁法印といふ人、かくしつつ数も知らず死ぬる事を悲しみて、その首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて縁を結ばしむるわざをなんせられける。人数を知らむとて、四五両月を 数へたりけれは、京のうち、一条よりは南、九条よりは北、京極よりは西、朱雀よりは東の路のほとりなる首、すべて四万二千三百あまりなんありける。いはむや、その前後に死ぬる者おほく、また河原、白河、西の京、もろもろの辺地などを加へていはば、際限もあるべからず。いかにいはむや七道諸国をや。崇徳院の御位の時、長承のころとか、かかるためしありけりと聞けど、その世のありさまは知らず。まのあたり珍かなりし事也。

元暦の地震

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フルコト侍キソノサマヨノツネナラス山ハクツレテ河ヲウツミ
海ハカタフキテ陸地ヲヒタセリ土サケテ水ワキイテ
イワヲワレテ谷ニマロヒイルナキサコク船ハ波ニタゝヨ
ヒ道ユク馬ハアシノタチトヲマトワスミヤコノホト
リニハ在々所々 堂舎塔廟ヒトツトシテマタカラス
或ハクツレ或ハタフレヌチリハヒタチノホリテサカリナル
煙ノ如シ地ノウコキ家ノヤフルゝヲトイカツチニコトナ
ラス家ノ内ニヲレハ忽ニヒシケナントスハシリイツレハ地ワレ
サクハネナケレハソラヲモトフヘカラス龍ナラハヤ雲ニ
モノラムヲソレノナカニヲソルヘカリケルハ地震ナリケリ
トコソ覚エ侍シカカクヲヒタゝシクフル事ハシハシニテ
ヤミニシカトモソノナコリシハシハタエスヨノツネヲトロク
ホトノナヰ二三十度フラヌ日ハナシ十日廿日スキニシカハ
ヤウヤウマトヲニナリテ或ハ四五度二三度若ハ一日マセ二
三日ニ一度ナトヲホカタソノナコリ三月ハカリヤ侍リケム
四大種ノナカニ水火風ハツネニ害ヲナセト大地ニイタリテハ
コトナル変ヲナサス昔斉衡ノコロトカヲホナヰフリテ
東大寺ノ仏ノミクシヲチナトイミシキ事トモハヘリケレト
ナヲコノタヒニハシカストソスナハチハ人ミナアチキナキ事
ヲノヘテイサゝカ心ノニコリモウスラクトミエシカト月日
カサナリ年ヘニシノチハ事ハニカケテイヒイツル人タニナシ

校訂本文

また同じころかとよ、おびただしく大地震震ること侍りき。そのさま、世の常ならず。

山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。渚漕ぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は脚の立どをまどわす。

都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵灰立ちてのぼりて、さかりなる煙の如し。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。

家の内にをれば、忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ空をも飛ぶべからず。龍ならばや雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるは地震なりけりとこそ、覚え侍りしか。

かくおびただしく震る事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常驚くほどの地震、二三十度震らぬ日はなし。十日廿日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四五度、二三度、若しは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。

四大種のなかに水火風は常に害をなせど、大地にいたりてはことなる変をなさず。昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御頭落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほこの度にはしかずとぞ。

すなはちは、人皆あぢきなき事をのべて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけて言ひ出づる人だになし。

世の中の生きにくさ

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スヘテ世中ノアリニクゝワカミトスミカトノハカナクアタ
ナルサマ又カクノコトシイハムヤ所ニヨリ身ノホトニシタカ
ヒツゝ心ヲナヤマス事ハアケテ不可計若ヲノレカ身カス
ナラスシテ権門ノカタハラニヲルモノハフカクヨロコフ事アレ
トモヲホキニタノシムニアタハスナケキセチナルトキモコヱ
ヲアケテナクコトナシ進退ヤスカラスタチヰニツケテ
ヲソレヲノゝクサマタトヘハスゝメノタカノスニチカツケルカ
コトシ若マツシクシテトメル家ノトナリニヲルモノハ
アサユフスホキスカタヲハチテヘツラヒツゝイテイル妻
子僮僕ノウラヤメルサマヲミルニモ福家ノ人ノナイカシ
ロナルケシキヲキクニモ心念々ニウコキテ時トシテ
ヤスカラス若セハキ地ニヲレハチカク炎上アル時ソノ災
ヲノカルル事ナシ若辺地ニアレハ往反ワツラヒヲホク
盗賊ノ難ハナハタシ又イキヲヒアル物ハ貪欲フカク
独身ナル物ハ人ニカロメラル財アレハヲソレオホク貧(マツシ)
ケレハウラミ切也人ヲタノメハ身他ノ有ナリ人ヲハク
クメハ心恩愛ニツカハル世ニシタカヘハ身クルシシタカハネ
ハ狂セルニゝタリイツレノ所ヲシメテイカナルワサヲ
シテカシハシモ此ノ身ヲヤトシタマユラモコゝロヲ
ヤスムヘキワカゝミ父カタノ祖母ノ家ヲツタヘテヒ 

校訂本文

すべて世の中のありにくく、我が身とすみかとのはかなくあだなるさま、またかくのごとし。いはむや、所により、身のほどにしたがひつつ心を悩ます事は、挙げて数ふるべからず。

もしおのれが身数ならずして、権門のかたはらにをるものは、深くよろこぶ事あれども、大きに楽しむにあたはず。歎き切なるときも、声をあげて泣くことなし。進退やすからず、立居につけて恐れをのゝくさま、たとへば雀の鷹の巣に近づけるがごとし。

もし貧しくして富める家の隣にをるものは、朝夕すぼき姿を恥ぢてへつらひつつ出で入る。妻子、僮僕の羨めるさまを見るにも、福家の人のないがしろなるけしきを聞くにも、心念々に動きて、時としてやすからず。

もし狭き地にをれば、ちかく炎上ある時、その災をのがるる事なし。もし辺地にあれば、往反わづらひ多く、盗賊の難はなはたし。

また、勢いある者は、貪欲深く、独身なる物は、人に軽めらる。財あれば、恐れ多く、貧しければ、うらみ切なり。人をたのめば、身他の有なり。人をはぐくめば、心恩愛につかはる。世にしたがへば、身くるし。したかはねば、狂せるに似たり。

いづれの所をしめて、いかなるわざをしてか、しばしもこの身をやどし、たまゆらもこころを やすむべき。

出家遁世

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サシク彼ノ所ニスム其後縁カケテ身ヲトロヘシノフ
カタカタシケカリシカトツヰニヤトゝムル事ヲエスミソ
チアマリニシテ更ニワカ心ト一ノ庵ヲムスフ是ヲアリ
シスマヒニナラフルニ十分カ一也居屋ハカリヲカマヘテ
ハカハカシク屋ヲツクルニヲヨハスワツカニ築地ヲツケリト
イヘトモカトヲタツルタツキナシタケヲハシラトシテ車ヲ
ヤトセリ雪フリ風フクコトニアヤウカラスシモアラス
所カハラチカケレハ水難モフカク白波ノヲソレモサハカシ
スヘテアラレヌヨヲネムシスクシツゝ心ヲナヤマセル事
三十余年也其間ヲリヲリノタカヒメヲノツカラミシカ
キ運ヲサトリヌスナハチイソチノ春ヲムカヘテ家
ヲ出テ世ヲソムケリモトヨリ妻子ナケレハステカタキ
ヨスカモナシ身ニ官禄アラスナニゝ付ケテカ執ヲトゝ
メンムナシク大原山ノ雲ニフシテ又五カヘリノ春秋
ヲナン経ニケルコゝニ六ソチノ露キエカタニヲヨヒテ

校訂本文

我が身、父方の祖母の家を伝へて、久しく彼の所に住む。その後、縁欠けて、身衰へ、しのぶ かたがたしげかりしかど、つひに屋とどむる事をえず。三十あまりにして、更にわが心と一の庵をむすぶ。

これをありしすまひにならぶるに、十分か一なり。居屋ばかりをかまへて、はかばかしく屋をつくるに及ばず。わづかに築地をつけりといへども、門を建つるたつきなし。竹を柱として車をやどせり。

雪降り、風吹くごとに、あやうからずしもあらず。所、河原近ければ水難も深く、白波の恐れもさはがし。

すべてあられぬ世を念じすぐしつつ心を悩ませる事、三十余年也。その間、折々のたがひめ、おのづからみじかき運をさとりぬ。すなはち、五十の春を迎へて、家を出て世をそむけり。もとより妻子なければ、すてがたきよすがもなし。身に官禄あらず。なにに付けてか執をとどめん。むなしく大原山の雲にふして、また五かへりの春秋をなん経にける。

方丈の庵

翻刻

更スヱハノヤトリヲムスヘル事アリイハゝ旅人ノ一夜
ノ宿ヲツクリ老タルカイコノマユヲイトナムカコトシ是
ヲナカコロノスミカニナラフレハ又百分カ一ニオヨハス
トカクイフホトニ齢ハ歳々ニタカクスミカハヲリヲリニ
セハシソノ家ノアリサマヨノツネニモニスヒロサハワツカニ方
丈タカサハ七尺カウチ也所ヲゝモヒサタメサルカユヘニ地
ヲシメテツクラスツチヰヲクミウチヲホヰヲフキテツキメ
コトニカケカネヲカケタリ若心ニカナハヌ事アラハヤ
スクホカヘウツサムカタメナリソノアラタメツクル事イ
クハクノ心ワツラヒカアルツムトコロワツカニ二両クルマノ
チカラヲムクフホカニハサラニ他ノヨウトウイラスイマ
日野山ノヲクニアトヲカクシテノチ東ニ三尺余ノヒ
サシヲサシテシハヲリクフルヨスカトス南タケノスノコヲシキ
ソノ西ニアカタナヲツクリ北ニヨセテ障子ヲヘタテゝ
阿弥陀ノ絵像ヲ安置シソハニ普賢ヲカキマヘニ
法花経ヲゝケリ東ノキハニワラヒノホトロヲシキテ
ヨルノユカトス西南ニ竹ノツリタナヲカマヘテクロキカハコ
三合ヲゝケリスナハチ和歌管弦往生要集コトキ
ノ抄物ヲイレタリカタハラニ琴琵琶ヲノヲノ一張ヲ
タツイハユルヲリ琴ツキヒワコレ也カリノイホリノアリ
ヤウカクノ事シソノ所ノサマヲイハゝ南ニカケヒアリ

校訂本文

ここに六十の露消えがたに及びて、更に末葉の宿りをむすべる事あり。いはば、旅人の一夜 の宿をつくり、老たる蚕の繭を営むかごとし。

これを中ころのすみかに並ぶれば、また百分が一に及ばず。とかくいふほどに、齢は歳々に高く、すみかは折々に狭し。その家のありさま、よの常にも似ず。広さはわづかに方丈、高さは七尺がうちなり。

所を思ひさだめざるかゆへに、地を占めて作らず。土居を組み、うちをほひをふきて、継目ごとにかけがねをかけたり。もし心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さむがためなり。その改め作る事、いくばくの心わづらひかある。積むところわづかに二両、車の力を報ふほかには、さらに他の用途いらず。

いま、日野山の奥に跡を隠してのち、東に三尺余の庇をさして、柴折りくぶるよすがとす。南、竹の簀子を敷き、その西に閼伽棚を作り、北によせて障子をへだてて阿弥陀の絵像を安置し、そばに普賢を描き、前に法華経を置けり。東の際に蕨のほとろを敷きて夜の床とす。西南に竹のつり棚をかまへて、黒き皮籠三合を置けり。すなはち、和歌、管弦、往生要集ごときの抄物を入れたり。かたはらに、琴、琵琶、おのおの一張を立つ。いはゆる折琴継琵琶これなり。仮の庵のありやうかくのごとし。

草庵の生活

翻刻

イワヲタテゝ水ヲタメタリ林ノ木チカケレハツマ木ヲ
ヒロウニトモシカラス名ヲヲトハ山トイフマサキノカツラ
アトウツメリ谷シケケレハ西ハレタリ観念ノタヨリ
ナキニシモアラス春ハフチナミヲミル紫雲ノコトク
シテ西方ニゝホフ夏ハ郭公ヲキクカタラフコトニシテ
ノ山チヲチキルアキハヒクラシノコヱミゝニ満リウツセ
ミノヨヲカナシムホトキコユ冬ハ雪ヲアハレフツモリキ
ユルサマ罪障ニタトヘツヘシ若念仏物ウク読経マメナ
ラヌ時ハミツカラヤスミ身ツカラヲコタルサマタクル人モ
ナク又ハツヘキ人モナシコトサラニ無言ヲセサレトモ独
リヲレハ口業ヲゝサメツヘシ必ス禁戒ヲマモルトシモナ
クトモ境界ナケレハナニゝツケテカヤフラン若アトノ
シラナミニコノ身ヲヨスルアシタニハヲカノヤニユキカフ
船ヲナカメテ満沙弥カ風情ヲヌスミモシカツラノ
カセハヲナラスユフヘニハ尋陽ノエヲゝモヒヤリテ
源都督ノヲコナヒヲナラフ若余興アレハシハシハ松ノ
ヒゝキニ秋風楽ヲタクヘ水ノヲトニ流泉ノ曲ヲアヤツル
芸ハコレツタナケレトモ人ノミゝヲヨロコハシメムトニハア
ラスヒトリシラヘヒトリ詠シテミツカラ情(コゝロ)ヲヤシナフ
ハカリナリ又フモトニ一ノシハノイホリアリスナハチ
コノ山モリカヲル所也カシコニコワラハアリトキトキキタリ
テアヒトフラフ若ツレツレナル時ハコレヲトモトシテ遊行
スカレハ十歳コレハ六十ソノヨハヒコトノホカナレト心ヲ
ナクサムルコトコレヲナシ或ハツハナヲヌキイハナシヲトリ
ヌカコヲモリセリヲツム或ハスソワノ田イニイタリテ
ヲチホヲヒロヒテホクミヲツクル若ウラゝカナレハ
ミネニヨチノホリテハルカニフルサトノソラヲノソ
ミコハタ山フシミノサト鳥羽ハツカシヲミル勝地ハ
ヌシナケレハ心ヲナクサムルニサハリナシアユミワツラヒ
ナク心トヲクイタルトキハコレヨリミネツゝキスミ山ヲ
コエカサトリヲスキテ或ハ石間ニマウテ或ハ石山ヲ
ヲカム若ハ又アハツノハラヲワケツゝセミウタノヲキナ
カアトヲトフラヒタナカミ河ヲワタリテサルマロマウチ
キミカハカヲタツヌカヘルサニハヲリニツケツゝサクラヲ
カリモミチヲモトメワラヒヲゝリコノミヲヒロヒテカツハ
仏ニタテマツリカツハ家ツトニ(ト傍書)ス若夜シツカナレハマト
ノ月ニ故人ヲシノヒサルノコヱニソテヲウルホスクサ
ムラノホタルハトヲクマキノカゝリヒニマカヒアカ月ノ
アメハヲノツカラコノハフクアラシニニタリ山トリノ
ホロトナクヲキゝテモチゝカハゝカトウタカヒミネノ
カセキノチカクナレタルニツケテモヨニトホサカルホトヲ
シル或ハ又ウツミ火ヲカキヲコシテヲイノネサメノトモト
スヲソロシキ山ナラネハフクロフノコヱヲアハレムニツケ
テモ山中ノ景気ヲリニツケテツクル事ナシハイ
ムヤフカクヲモヒフカクシラム人ノタメニハコレニシモカ
キルヘカラスヲホカタコノ所ニスミハシメシ時ハアカラ

校訂本文

その所のさまをいはば、南にかけひあり。岩を立てて水をためたり。林の木近ければ爪木を 拾ふに乏しからず。名を音羽山といふ。

まさきのかづら、跡うづめり。谷しげければ、西はれたり。観念のたより、なきにしもあらず。

春は藤波を見る。紫雲のごとくして西方に匂ふ。夏は郭公を聞く。語らふごとに死出の山路を契る。秋はひぐらしの声耳に満てり。うつせみの世を悲しむほど聞こゆ。冬は雪をあはれぶ。積り消ゆるさま罪障にたとへつべし。

もし念仏物憂く、読経まめならぬ時は、みづから休み、みづからおこたる。さまたぐる人もなく、また恥ずべき人もなし。ことさらに無言をせざれども、独りをれば口業ををさめつべし。必ず禁戒を守るとしもなくとも、境界なければなににつけてかやぶらん。

もし跡の白波にこの身を寄する朝には、岡の屋にゆきかふ船をながめて、満沙弥が風情をぬすみ、もしかつらの風、葉を鳴らす夕べには、尋陽の江を思ひやりて、源都督の行ひをならふ。

もし余興あれば、しばしば松の響きに秋風楽をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。芸はこれつたなけれども、人の耳をよろこばしめむとにはあらず。ひとり調べ、ひとり詠じてみづから情(こゝろ)をやしなふばかりなり。

また、ふもとに一の柴の庵あり。すなはち、この山守がをる所なり。かしこに小童あり。時々来たりてあひとぶらふ。

もしつれづれなる時は、これを友として遊行す。かれは十歳、これは六十。その齢ことのほかなれど、心をなぐさむることこれ同じ。或は茅花を抜き、岩梨を採り、ぬかごをもり、芹を摘む。或はすそわの田居にいたりて、落穂を拾ひて穂組をつくる。

もし、うららかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空をのぞみ、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師をみる。勝地は主なければ、心をなぐさむるにさはりなし。歩み煩ひなく、心遠くいたるときは、これより峰続き、炭山を越え、笠取をすぎて、或は石間にまうで、或は石山を拝む。

もしはまた、粟津の原を分けつつ、蝉歌の翁が跡をとぶらひ、田上河を渡りて、猿丸大夫が墓を訪ぬ。帰るさには、折につけつゝ、桜を狩り、紅葉を求め、蕨を折り、木の実を拾ひて、かつは仏に奉り、かつは家づととす。

もし夜しづかなれば、窓の月に故人をしのび、猿の声に袖をうるほす。叢の蛍は遠く槙のかがり火にまがひ、暁の雨はおのづから木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろと鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ、峰のかせぎの近く馴れたるにつけても、世に遠ざかるほどを知る。

或はまた、埋づみ火をかきおこして、老いの寝覚めの友とす。恐ろしき山ならねば、ふくろふの声をあはれむにつけても、山中の景気、折につけて就くる事なし。いはむや、深く思ひ、ふかく知らむ人のためには、これにしも限るべからず。

閑居の気味

翻刻

サマトヲモヒシカトモイマステニイツトセヲヘタリカリ
ノイホリモヤゝフルサトゝナリテノキニクチハフ
カクツチヰニコケムセリヲノツカラコトノタヨリニミ
ヤコヲキケハコノ山ニコモリヰテノチヤムコトナ
キ人ノカクレ給ヘルモアマタキコユマシテソノカスナ
ラヌタクヒツクシテコレヲシルヘカラスタヒタヒ炎上ニ
ホロヒタル家又イクソハクソタゝカリノイホリノミ
ノトケクシテヲソレナシホトセハシトイヘトモヨルフス
ユカアリヒルヰル座アリ一身ヲヤトスニ不足ナシカム(傍書 寄居)
ナハチヰサキカヒヲコノムコレ事シレルニヨリテナリ
ミサコハアライソニヰルスナハチ人ヲゝソルゝカユヘナリ
ワレマタカクノコトシ事ヲシリヨヲシレゝハネカハスワシ
ラスタゝシツカナルヲ望トシウレヘ無キヲタノシミトス
惣テヨノ人ノスミカヲツクルナラヒ必スシモ事ノタメニ
セス或ハ妻子眷属ノ為ニツクリ或ハ親昵朋友ノ為ニ
ツクル或ハ主君師匠ヲヨヒ財宝牛馬ノ為ニサヘコレヲ
ツクルワレ今身ノ為ニムスヘリ人ノ為ニツクラスユヘイカン
トナレハ今ノヨノナラヒ此ノ身ノアリサマトモナフ
ヘキ人モナクタノムヘキヤツコモナシ縦ヒロクツクレリトモ
タレヲヤトシタレヲカスヘン夫人ノトモトアルモノハ
トメルヲタウトミネムコロナルヲサキトス必スシモナサケ
アルトスナホナルトヲハ不愛只糸竹花月ヲトモト
センニハシカシ人ノヤツコタル物ハ賞罰ハナハタシク恩
顧アツキヲサキトス更ニハクゝミアハレムトヤスクシツカナ
ルトハネカハス只ワカ身ヲ奴婢トスルニハシカスイカゝ奴
婢トスルトナラハ若ナスヘキ事アレハスナハチヲノカ身ヲ
ツカフタユカラスシモアラネト人ヲシタカヘ人ヲカヘリミル
ヨリヤスシ若アリクヘキ事アレハミツカラアユムクルシ
トイヘトモ馬クラ牛車ト心ヲナヤマスニハシカス今一身
ヲワカチテ二ノ用ヲナス手ノヤツコ足ノノリモノ
ヨクワカ心ニカナヘリ身心ノクルシミヲシレハクルシム時ハ
ヤスメツマメナレハツカフツカフトテモタヒタヒスクサス物
ウシトテモ心ヲウコカス事ナシイカニイハムヤツネニアリ
キツネニハタラクハ養性ナルヘシナンソイタツラニヤスミヲ
ラン人ヲナヤマス罪業ナリイカゝ他ノ力ヲカルヘキ衣
食ノタクヒ又ヲナシフチノ衣アサノフスマウルニシタカヒテ
ハタヘヲカクシ野辺ノヲハキミネノコノミワツカニ命ヲツク
ハカリナリ人ニマシハラサレハスカタヲハツルクヰモナシカテト
モシケレハヲロソカナル報ヲアマクス惣テカヤウノタノ
シミトメル人ニタイシテイフニハアラス只ワカ身ヒトツニ
トリテムカシ今トヲナソラフルハカリナリ夫三界ハ
只心ヒトツナリ心若ヤスカラスハ象馬七珍モヨシナク
宮殿楼閣モノソミナシ今サヒシキスマヒヒトマノイホリ
ミツカラコレヲ愛スヲノツカラミヤコニイテゝ身ノ乞匃
トナレル事ヲハツトイヘトモカヘリテコゝニヲル時ハ他ノ俗塵
ニハスル事ヲアハレム若人コノイヘル事ヲウタカハゝ魚ト鳥
トノアリサマヲ見ヨ魚ハ水ニアカスイヲニアラサレハ
ソノ心ヲシラストリハ林ヲネカフ鳥ニアラサレハ其ノ
心ヲシラス閑居ノ気味モ又ヲナシスマスシテ誰カ
サトラム抑一期ノ月カタフキテ余算ノ山

校訂本文

おほかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども、今すでに五年を経たり。仮の庵もややふるさととなりて、軒に朽葉深く、土居に苔むせり。おのづからことのたよりに都を聞けば、この山に籠りゐて後、やむごとなき人のかくれ給へるもあまた聞こゆ。ましてその数ならぬたぐひ、尽くしてこれを知るべからず。たびたび炎上にほろびたる家、またいくそばくぞ。ただ仮の庵のみ、のどけくして恐れなし。ほど狭しといへども、夜臥す床あり。昼ゐる座あり。一身をやどすに不足なし。

かむなは小さき貝を好む。これ事知れるによりてなり。みさごは荒磯にゐる。すなはち人を恐るるがゆゑなり。我またかくのごとし。事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず、ただ静かなるを望みとし、憂へ無きを楽しみとす。

すべて世の人のすみかを作るならひ、必ずしも事のためにせず。或は妻子眷属の為に作り、或は親昵朋友の為に作る。或は主君師匠及び財宝牛馬の為にさへこれを作る。われ、今身の為にむすへり。人の為につくらず。ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、伴ふべき人もなく、たのむべき奴もなし。たとひ広く作れりとも、誰を宿し、誰をか据ゑん。

それ、人の友とあるものは、富める貴み、懇ろなるを先とす。必ずしも情けあると素直なるとをな愛せず。ただ糸竹花月を友とせんにはしかじ。人の奴たる者は賞罰はなはだしく、恩顧あつきを先とす。更にはぐくみあはれむと、やすくしづかなるとは願はず。ただ、我が身を奴婢とするにはしかず。

いかが奴婢とするとならば、もしなすべき事あれば、すなはちおのが身を使ふ。たゆからずしもあらねど、人をしたがへ人をかへりみるよりやすし。もし、ありくべき事あればみづから歩む。苦しといへども、馬・鞍・牛・車と心を悩ますにはしかず。今一身を分かちて、二の用をなす。手の奴、足の乗物、よくわが心にかなへり。身心の苦しみを知れば、苦しむ時は休めつ、まめなれは使ふ。使ふとても、たびたび過ぐさず。物 うしとても、心を動かす事なし。

いかにいはむや、常に歩き、常に働くは、養性なるべし。なんぞいたづらに休みをらん。人を悩ます罪業なり。いかが他の力を借るべき。衣食のたぐひ、また同じ藤の衣、麻の衾、得るにしたがひて、肌を隠し、野辺のおはぎ、峰の木の実、わづかに命をつぐばかりなり。人にまじはらざれば、姿を恥づる悔いもなし。糧乏しければ、おろそかなる報をあまくす。

すべてかやうの楽しみ、富める人に対していふにはあらず。ただわが身ひとつに とりて、昔今とをなぞらふるばかりなり。

それ三界はただ心一つなり。心、もしやすからずは、象馬七珍もよしなく、宮殿楼閣ものぞみなし。今寂しきすまひ、一間の庵、みづからこれを愛す。おのづから都に出でて、身の乞丐となれる事を恥づといへども、帰りてここにをる時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ。

もし人、このいへる事をうたかはば魚と鳥とのありさまを見よ。魚は水にあかず。魚にあらざればその心をしらず。鳥は林をねがふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。閑居の気味もまた同じ。住まずして誰かさとらむ。

結語

翻刻

ノハニチカシタチマチニ三途ノヤミニムカハントスナニノ
ワサヲカゝコタムトスル仏ノヲシヘ給フヲモムキハ事ニ
フレテ執心ナカレトナリ今草庵ヲアイスルモ閑寂
ニ著スルモサハカリナルヘシイカゝ要ナキタノシミヲノヘ
テアタラ時ヲスクサムシツカナルアカ月コノ事ハリヲ
ヲモヒツゝケテミツカラ心ニトヒテイハクヨヲノカレテ山
林ニマシハルハ心ヲゝサメテ道ヲゝコナハムトナリシカルヲ
汝スカタハ聖人ニテ心ハニコリニシメリスミカハスナハチ
浄名居士ノアトヲケカセリトイヘトモタモツトコロハ
ワツカニ周利槃特カ行ニタニオヨハス若コレ貧賎
ノ報ノミツカラナヤマスカハタ又妄心ノイタリテ狂セル
カソノトキ心更ニコタフル事ナシ只カタハラニ舌根ヲ
ヤトヒテ不請阿弥陀仏両三遍申テヤミヌ
于時建暦ノフタトセヤヨヒノツコモリコロ桑門ノ
蓮胤トヤマノイホリニシテコレヲシルス
方丈記
(奥書)
   右一巻者鴨長明自筆也
   従西南院相伝之
   寛元二年二月日
             親快証之

校訂本文

そもそも一期の月傾きて、余算の山の端に近し。たちまちに三途の闇に向はんとす。何の わざをかかこたむとする。仏の教へ給ふ趣は、事にふれて執心なかれとなり。今、草庵を愛するも、閑寂に着するも、さばかりなるべし。いかが要なき楽しみをのべて、あたら時を過ぐさむ。

静かなる暁、このことわりを思ひ続けて、みづから心に問ひていはく「世を逃れて山 林にまじはるは、心ををさめて道を行はむとなり。しかるを、汝、姿は聖人にて、心は濁りに染めり。すみかはすなはち、浄名居士の跡をけがせりといへども、たもつところはわづかに周利槃特が行ひにだにおよばず。もし、これ貧賎の報のみづから悩ますか、はたまた妄心のいたりて狂せるか」

そのとき、心、更に答ふる事なし。ただかたはらに舌根をやとひて、不請の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。

于時建暦の二年、弥生の晦日ごろ、桑門の蓮胤。外山の庵にして、これを記す。

方丈記

注意事項

このテキストは現在校正中です。–中川 聡

text/daifukuhojoki.txt · 最終更新: 2014/12/02 16:34 by Satoshi Nakagawa
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