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text:zotanshu:zotan04-11

 雑談集

巻4第11話(34) 無常の言

校訂本文

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金谷(きんこく)に華を翫(もてあそ)びて、遅々たる春の日、空(むな)しく暮らし1)、あるいは、西楼に月を弄(もてあそ)びて、漫々たる秋の夜いたづらに明けぬ。あるいは、千里の雲に走りて、山の鹿(かせぎ)を取り、あるいは厳寒の冬の朝(あした)には、氷をしのぎて世路を走(わし)り、あるいは炎天の夏の日に、汗をのごて利養(りやう)を求む。あるいは、妻子眷属(さいしけんぞく)にまつはれて、恩愛の絆(きづな)切りがたく、あるいは怨讐(をんしう)等にあひて瞋恚(しんい)の炎(ほむら)やむことなし。

昼夜朝暮(ちうやてうぼ)の行住坐臥(ぎやうぢゆうざぐわ)、時としてやむことなし。身三口四(しんさんくし)の過(とが)を犯し、三途八難(さんづはちなん)の業を重ぬ。一日の中の八億四千念は、念ごとにみな三途の業にあらずといふことなし。かくのごとくして、昨日も徒(いたづら)に暮れ、今日も空しく明けぬ。今日、幾度(いくたび)か暗らし、今日、何度(いくたび)か明かかさむとする。

それ、朝(あした)に開く栄ふる華、夕べの風に散りやすく、夕に結ぶ命の露は、朝の日に消えやすし。これを知らず、常に栄えむことを思ふ。これを悟らずして、常に有ることを思ふなる間、無常の風一度(ひとたび)扇(ふ)いて、有為(うゐ)の命露(めいろ)、永く消えぬれば、これを曠野(くわうや)に捨て、これを遠山(えんざん)に送る。骸(かばね)はつひに苔の下にうづもれ、魂(たましひ)は独り旅の空に迷ふ。妻子眷属は家にあれども伴なはず。七珍万宝は蔵に満てれども益(えき)もなし。ただ身に随ふものは造悪の業、まことに眼に満てるものは後悔涙なり。

つひに炎魔の庁庭(ちやうば)に至りぬれば、罪の浅深(せんじん)を定め、業の軽重(きやうぢゆう)をかんがへらる。法王、罪人に問ひ給はく、「なんぢ仏法流布の世に生れたりき。何ぞ出要求めざる。

そもそも2)一代諸経の中(なか)に、大乗・小乗、権教・実教、顕宗・密宗、論家・釈家、部八宗に分かれて、義,万差(まんじや)に連なれり。あるいは万法皆空(まんぼふかいくう)の旨を説き、あるいは諸法空有(しよほふくうう)の心を明かせり。あるいは五性各別(ごしやうかくべつ)の義を立て、あるいは悉有仏性(しつうぶつしやう)の言葉を談ず。宗々に究竟至極(くきやうしごく)の義を諍(あらそ)ひ、各各(かくかく・おのおの)に甚深(じんじん)の正義の旨を論ず。みなこれ経論の実理なり。また如来の金言なり。あるいは機を調(ととの)へこれを説き、あるいは時をかがみてこれを教へ、いづれか浅(せん)、いづれか深(じん)とも、是非をわきまへがたし。かれも教へ、これも教へ、互ひに偏執すべからず。説(せつ)のごとく修行せば、みなことごとく生死を過度(くわど)すべし。法のごとく行ぜば、ともに同じく菩提を証得すべし。修せず学せずして、ただ徒(いたづら)に是非を論ずれば、目しひたる者の色の浅深を論じ、耳しひたる者の声の清濁を言はむがごとし。たまたま一法に趣いて、功を積まむとすれば、すなはち諸宗のあざけり互ひにきたる。

広く諸教にわたりて義を達せんと思へば、一期(いちご)の命暮れやすし。かの蓬莱・方丈・瀛州(えいじう)といふなる三つの山にこそ、不死の薬はありと聞け。「かれを服して命を延びて、漸々(ぜんぜん)に習学せばや」と思へども、尋ぬべき方も覚えず、唐(もろこし)に秦皇夫3)と聞こへ給ひし帝、これを聞いて尋ねに遣りしかど、童男(どうなん)・臥女(ぐわじよ)は船の中にして、徒(いたづら)に月を送りき。彭祖(はうそ)が七百歳、昔語りにして、今の時伝へがたし。曇鸞菩提(どんらんぼだい)、流支(るし)に仙経をもつて遇ふ時、菩提流支、地につわき吐いて云はく、「報力(ほうりき)衰へ、老い来たる。たとひ長年(ちやうねん)なりとも、つひには三有(さんう)に輪廻(りんゑ)す」とて、観経4)を与へ給ふ。その後、浄土の教へを修す。聖道これ穢土にて、煩悩を断じ菩提に至るなり。

浄土門と云ふは、浄土に生まれて、煩悩を断じ、菩提を証するなり。今、浄土門に三福の行(ぎやう)あり。おのおの心の引かむに随ひて修行すべし。十三問答(もんだふ)九品(くほん)あり。空門を修せむとすれば、すなはち意(こころ)の馬荒れて、六塵の境に馳す。かの散善の門を望まむとすれば、心の猿遊びて、十悪の枝に移る。かれをしづめんとすれどもかなはず。ここに今、下三品5)の業因を見れば、十悪等なり。云々。

かの雄俊(おうしゆん)と云ひし人は、七度還俗(げんぞく)の悪人なり。獄率、炎魔庁に率て6)行きて、「南閻浮提(なんえんぶだい)第一の悪人、七度還俗の雄俊、すみやかに無間(むげん)に堕(だ)すへきなり」。俊の云はく、「われ在生に観無量寿経を見るに、五逆の罪人、十声念仏して往生す。われ五逆を作らず。善業少なしといへども、念仏十声に過ぎたり。俊、もし地獄に堕ちなば、二十世の諸仏、妄語の過(とが)に堕つべし」と、高声(かうじやう)に叫びしかば、法王7)、理に折れて、玉(たま)の冠(かぶり)を傾(かたぶ)けて、これを礼し、弥陀が権(かり)に、金蓮によて迎ひ給ひき。

いはんや、われら七度還俗に及ばず。行住座臥念仏せんにおいてをや。さればとて、悪業を造れとにはあらず。

源三位頼政   隠題名歌

藤 鞭 桐 火桶 頼政

  五月雨(さみだれ)に瀬々の淵々(ふちぶち)落ちたぎたり氷魚(ひを)けさいかに寄りまさるらん

延慶二年己酉季春の初めのころこれを詠ず

  庭の面(おも)の桜は半ば過ぎにけり弥生の空は半ばならぬに

常に独座(とくざ)老後は人問ひ訪はず、心静かなることを思ひつづけて、

  あながちに尋ねもいらし閑かなる心ぞ人はみよしのの奥

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  無常ノ言
金谷ニ華ヲ翫テ遅々タル春ノ日空シククラシ或ハ西楼ニ月ヲ弄ビテ
漫々タル秋ノ夜イタツラニアケヌ或ハ千里ノ雲ニ走リテ山ノカセキ
ヲ取リ或ハ厳寒ノ冬ノ朝ニハ氷ヲシノキテ世路ヲワシリ或ハ炎
天ノ夏日ニ汗ヲノコテ利養ヲ求ム或ハ妻子眷属ニマツハレテ
恩愛ノキツナキリカタク或ハ怨讎等ニアヒテ瞋恚ノホムラヤム事
ナシ昼夜朝暮ノ行住坐臥時トシテ止事ナシ身三口四ノ過ヲ/2-39l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/39

ヲカシ三途八難ノ業ヲカサヌ一日ノ中ノ八億四千念ハ念毎ニ
ミナ三途ノ業ニ非スト云フ事ナシ如クシテ是ノ昨日モ徒ニクレ今日モ空シク
アケヌ今フ幾度カ暗シ今フ何度カアカサムトスル夫レ朝ニ開ク栄ル
華夕ノ風ニ散リヤスク夕ニムスブ命露ハ朝ノ日ニ消ヘヤスシ是ヲ
不知ラ常ニサカエム事ヲ思フ是ヲ不悟ラシテ常ニ有ル事ヲ思ナル間
無常ノ風一度扇テ有為ノ命露永ク消ヘヌレハ是ヲ曠野ニ捨テ
是ヲ遠山ニ送ル骸ネハ遂ニ苔ノ下ニウツモレ魂ヒハ独旅ノ空ニ迷フ
妻子眷属ハ家ニアレトモ伴ナハス七珍万宝ハ蔵ニミテレトモ
益モナシ只身ニ随フ物ハ造悪ノ業実ニ眼ニミテル物ハ後悔涙
ナリ遂ニ炎魔ノ庁庭ニ至リヌレハ罪ノ浅深ヲ定メ業ノ軽重ヲ
カンカヘラル法王罪人ニ問ヒ給ハク汝仏法流布ノ世ニ生レタリキ
何ソ出要不求メ柳一代諸経ノ中ニ大乗小乗権教実教顕宗/2-40r
密宗論家釈家部八宗ニワカレテ義万差ニ連レリ或ハ万法皆
空ノ旨ヲ説キ或ハ諸法空有ノ心ヲ明セリ或ハ五性各別ノ義ヲ
立テ或ハ悉有仏性ノ言ハヲ談ス宗々ニ究竟至極ノ義ヲ諍ヒ各
各ニ甚深ノ正義ノ旨ヲ論ス皆ナ是レ経論ノ実理也亦如来ノ金
言也或ハ機ヲ調ヘ是ヲ説キ或ハ時ヲカカミテ此ヲ教ヘ何カ浅何カ
深トモ是非ヲワキマヘカタシ彼モ教是モ教互ニ偏執スヘカラズ説ノ
如ク修行セハ皆ナ悉生死ヲ過度スヘシ法ノ如ク行セハトモニ同ク
菩提ヲ証得スヘシ修セス学セスシテ但徒ニ是非ヲ論スレハ目シヰ
タルモノノ色ノ浅深ヲ論シ耳シヰタル者ノ声ノ清濁ヲイハムカ
如シ適一法ニ趣テ功ヲツマムトスレハ即諸宗ノアサケリ互ニキタル
広ク諸教ニワタリテ義ヲ達セント思エハ一期ノ命クレヤスシカノ
蓬莱方丈瀛州ト云ナル三ノ山ニコソ不死ノ薬ハアリト聞ケ/2-40l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/40

彼ヲ服シテ命ヲ延テ漸々ニ習学セハヤト思エトモ尋ヌヘキ方モヲボ
ヘズ唐シニ秦皇夫ト聞ヘ給シ御門是ヲ聞イテ尋ニ遣シカト童男
臥女ハ船ノ中ニシテ徒ニ月ヲ送リキ彭祖カ七百歳昔シカタリニシテ
今ノ時伝ヘカタシ曇鸞菩提流支ニ仙経ヲ以テ遇時菩提流
支地ニツワキハイテ云ク報力衰ヲイキタル縦ヒ長年ナリトモ
遂ニハ三有ニ輪廻ストテ観経ヲアタヘ給フ其ノ後浄土ノ教ヲ
修ス聖道是レ穢土ニテ煩悩ヲ断シ菩提ニ至ル也浄土門ト
云ハ浄土ニ生レテ煩悩ヲ断シ菩提ヲ証スル也今浄土門ニ三福ノ
行有リ各心ノヒカムニ随テ修行スヘシ十三問答九品アリ空門ヲ
修セムトスレハ即意ノ馬アレテ六塵ノ境ニハス彼ノ散善ノ門ヲ望
マムトスレハ心ノ猿遊テ十悪ノ枝ニウツル彼ヲシヅメントスレドモ不叶ハ
ココニ今下三品ノ業因ヲ見レハ十悪等也云々彼ノ雄俊ト云シ人ハ七/2-41r
度還俗ノ悪人也獄率炎魔庁ニヰデ行テ南閻浮提第一ノ悪
人七度還俗ノ雄俊速ニ無間ニ堕スヘキ也俊ノ云ク我在生ニ観
無量寿経ヲ見ニ五逆罪人十声念仏シテ往生ス我レ五逆ヲ
ツクラス善業スクナシトイエトモ念仏十声ニスキタリ俊若地
獄ニ堕チナハ二十世ノ諸仏妄語ノ過ニ堕ツベシト高声ニサケビシカハ法
王理ニヲレテ玉ノ冠ヲ傾テ是ヲ礼シ弥陀ガ権ニ依テ金蓮ニ迎
給キ況ヤ我等七度還俗ニヲヨハス行住座臥念仏センニヲイ
テヲヤサレハトテ悪業ヲ造レトニハ非ズ
 源三位頼政   隠題名歌
  藤 鞭 桐 火桶 頼政
五月雨ニセセノフチフチヲチキタリヒヲケサイカニヨリマサルラン
 延慶二年己酉季春ノ初ノ比詠之/2-41l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/41

庭ノ面ノサクラハナカハスキニケリヤヨヒノソラハ半バナラヌニ
 常ニ独坐老後ハ人不問ヒ訪心静ナル事ヲ思ヒツツケテ
アナカチニ尋ネモイラシ閑ナル心ソ人ハミヨシノノヲク/2-42r

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/42

2)
「そもそも」は底本「柳」。「抑」の誤りとみて訂正。
3)
始皇帝
4)
観無量寿経
5)
下品上生・下品中生・下品下生の三品
6)
「率て」は底本「井デ」。
7)
閻魔王
text/zotanshu/zotan04-11.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa