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巻1第3話(3) 仮実の事
校訂本文
有為(うゐ)の法はみな幻化(げんけ)なり。実性有ることなし。しかれども分々に実性あり。また仮相(けさう)あり。五蘊(ごうん)・四大等のごとし。おのおの自相あり。地の堅く水の湿(うるほ)へる等、みな自性なり、実なり。大小・長短・東西・善悪みな仮相なり。羅云(らうん)1)、内心におのづから長短・好悪等を生ず(取意)。法々みな無念寂静(むねんじやくじやう)なり。法、法位に住して如々(によによ)平等なり。
末代の僧を上代の僧にも比し、まして聖者(しやうじや)に比するに、牛羊等のごとし。また劫末(こふまつ)には仏法の名字をも聞かず、ただ頭を円(そ)る僧あるべし。彼に比すれば聖僧の如し。いはんや牛羊に比せんや。この意を詠ず。
愚痴(ぐち)僧を牛のごとくに見るほどに牛のごとし袈裟着て行(つとめ)はしせば仏とぞ云はん思ふ時こそ貴かりけれ2)
昔、関寺に牛ありけり。行道(ぎやうだう)して仏壇を廻ることばかりありけるを、なほなほ人貴(たと)みて、「牛仏(うしぼとけ)」と云ひけると云へり3)。まして楞厳呪(りょうごんじゆ)4)など誦(じゆ)する牛、世間にあらば、疑ひなく仏と云ふべし。
されば、今の僧も牛になして、また思は仏となる。これ自の分別なり。まことには牛もあらず仏もあらず、ただこれ法性の幻(げん・まぼろし)なり。不思議の幻化(げんけ)の衆生なり。若し仏の知見をもつてこれを見れば、ただこれ毘盧遮那(びるしやな)5)なり。華厳等の経に云はく、「仏(ほとけ)、成仏して観見するに、衆生みな本来これ仏なり(取意)」。天人云はく、「破戒の僧を守らずんば誰か我か仏法を守らん。もし一善を行ずることあれば、万咎(ばんきう)を忘(ばう)ず(取意)」。感通伝にこれあり。
天人・聖者の衆生を軽しめざること、二つの意あり。
一つには云はく、本来これ仏なり。ことごとく仏性あり。ゆゑに幻化(げんけ)の人身はこれ仮相(けさう)なり。本覚(ほんがく)の虚性(こしやう)は天然常恒(じやうごう)なり。凡情に同ずべからず。梵天・帝釈等も仏弟子聖者(しやうじや)なり。必ず衆生を軽んずべからず。韋将軍6)も聖人なり。もつとも衆生を重んずべき天なり。
一つには云はく、我等は天人聖者の形に比するに、螻蟻(ろうぎ・けらあり)のごとし。高野(かうや)の大塔は多聞天7)の持ち給へる塔の勢(せい)と云へり。最下(さげ)の天人、なほなほかくのごとし。帝釈(たいしやく)8)・梵王(ぼんのう)9)、次第に広大の身なり。いはんや、浄土の菩薩をや。彼の見にはわれらが形、手の虫のごとし。しかるに、虫鳥等の畜類嘯(うそぶ)く声、念仏の誦経なり。いはんや伽陀を唱へ法門など囀(さへづ)ることあらば、愛し貴ぶべし。凡夫の心、なほなほかくのごとし。いかにいはんや、天人聖者をや。
地蔵本願経に云はく、「主命鬼、世界を遊行(ゆぎやう)するに、もし香華(かうげ)を供養し仏に念仏誦経する人あらば、恭敬(くぎやう)すること三世の諸仏を敬ふがごとくすべし(取意)」。これ大権(だいごん)の垂跡(すいじやく)なり。権者すでにかくのごとし。心ある実者、誰れか彼の跡を慕(した)はざらんや。
この道理は、自然に思ひ寄りて書き付け侍り。道理多きなり。
翻刻
仮実ノ事 有為ノ法ハ皆幻化也無シ有ルコト実性然レトモ分分ニ有実性亦有 仮相如五蕰四大等各ノ有自相地ノ堅ク水ノ湿ヘル等皆ナ自性ナリ 也実也大小長短東西善悪皆仮相也羅云内心ニ自生 長短好悪等取意法法皆ナ無念寂静也法住シテ法位如如 平等也末代ノ僧ヲ上代ノ僧ニモ比シマシテ聖者ニ比スルニ如シ牛 羊等ノ又劫末ニハ不聞仏法ノ名字ヲモ唯円ル頭ヲ僧可有比スレハ彼ニ如シ 聖僧ノ況ヤ比牛羊ニ哉此ノ意ヲ詠ス/1-10r
愚癡僧ヲ牛ノ如クニ見ル程ニ牛ノ若シ袈裟著テ行 ハシセハ仏トソ云ハン思時コソ貴カリケレ 昔シ関寺ニ牛有ケリ行道シテ仏壇ヲ廻ル事ハカリ有ケルヲ猶 猶人貴テ牛仏ト云ケルト云ヘリマシテ楞厳呪ナド誦スル牛 世間ニアラハ無疑仏ト云ベシサレハ今ノ僧モ牛ニナシテ又思ハ 仏トナル是レ自ノ分別也実ニハ非牛モ非仏モ唯是レ法性ノ幻也 不思議ノ幻化ノ衆生也若シ以テ仏ノ知見ヲ見レハ之ヲ只是毘盧遮 那也華厳等ノ経ニ云仏ケ成仏シテ観見スルニ衆生皆ナ本来是仏ケ 也取意天人云不ンハ守ラ破戒ノ僧ヲ誰カ守ン我カ仏法ヲ若シ行スル一善ヲ事 アレハ忘ス万咎ヲ取意感通伝有之天人聖者ノ不軽シメ衆生ヲ事 有二ノ意一ニハ云本来是レ仏ケ也悉ク有仏性故ニ幻化ノ人身ハ是レ 仮相也本覚ノ虚性ハ天然常恒也不可同ス凡情ニ梵天帝/1-10l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/10
釈等モ仏弟子聖者也必ス不可軽衆生韋将軍モ聖人也尤 可重衆生ノ天也一ニハ云我等ハ天人聖者ノ形チニ比スルニ如螻 蟻高野ノ大塔ハ多聞天ノ持チ給ヘル塔ノ勢ト云ヘリ最下ノ天 人猶猶如此帝釈梵王次第ニ広大ノ身也況ヤ浄土ノ菩薩 ヲヤ彼ノ見ニハ我等カ形如手ノ虫ノ然ルニ虫鳥等ノ畜類嘯ク声 念仏之誦経也況ヤ伽陀ヲ唱ヘ法門ナド囀ル事有ラハ愛シ貴フ ヘシ凡夫ノ心猶猶可如此何ニ況ヤ天人聖者ヲヤ乎地蔵本願経ニ 云ク主命鬼遊行スルニ世界ヲ若シ有ハ香華供養シ仏ニ念仏誦経スル人恭 敬スルコト如敬三世ノ諸仏ヲ取意是大権ノ垂跡也権者既ニ如 此有心実者誰レカ不ラン慕ハ彼ノ跡ヲ哉此ノ道理ハ自然ニ思寄テ書キ付ケ 侍リ道理多也/1-11r
