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巻1第2話(2) 陰陽の事
校訂本文
経1)に云はく、「道一を生ず。一、二を生ず。二、三を生ず。三、万物を生ず。云々」。一水、万波となれども、湿性失はず。虚無大道(きよぶたいだう)次第に万物と成る。陰陽の形、相ひ離れざること、功徳(くどく)・黒闇(こくあん)のごとし。物ごとに陰陽の形(かたち)なり。深く達すれば、理智の法門なり。理智寂照を外典(げてん)に陰陽と談ずるゆゑなり。
男(なん)は陽、女(によ)は陰なり。男は本鳥(もとどり)を上へ取り上げ、女は髪を下へ捶(た)れ下ろす。これ陰陽の形なり。南は陽、北は陰、女を北方(きたのかた)といへり。出家の形は何ぞや。これすなはち本分を達する形なり。
外典に云はく、「混沌と未だ分れざる時、天地(あめつち)の形、鶏(にはとり)の子のごとし(取意)」。しかれば、男女は天地の開けて後、陰陽の形異なる時なり。出家は陰陽を離れ、本源に返るの貌(かたち)なり。頭(かうべ)の円(まろ)きは、天地未だ開けざるの時の形なり。経に云はく、「心を息(やす)め本源を達す。ゆゑに名づけて沙門(しやもん)と為す(取意)」。愚推(ぐすい)の法門なり。指南と為すべからず。
○弥陀2)は出家の形、螺髪(らほつ)は出家の形なり。観音は在家の形、これ何の 為の表示ぞや。弥陀は智門、出家の形先の法門のごとし。観音は理門、和光同塵(わくわうどうぢん)の跡、在家に同じ。
ただし、あるいは上へ本鳥を上げ、あるいは下へ女人のごとく垂れたる、これ陰陽の形、ことごとく同じくして、一類として不同無きの貌(かたち)なり。
智は無相の一空なり。理は有相の万物なり。智は識(しき)大なり。理は五大なり。顕家(けんけ)3)の理は、智の理なるゆゑに、同じく無相の一月輪(ぐわちりん)なり。密家(みつけ)4)の理は、五大のゆゑに、差別(しやべつ)の法なり。理趣経の、「如蓮体(によれんたい)本源と云々」。十界曼陀羅、差別の形なり。
天台の性具(しやうぐ)本来の理性に、十界の依正(えしやう)差別あり。これ始めて染むることあるべからず。天然として性に十界のあひ具せり。これすなはち本源の貌(かたち)なり。曼陀羅は必ず十界なり。内証の法門なり。
○密家の性相の法門を、仏知見・法眼・道種智をもつて習ひ知るゆゑに、馬牛(むまうし)の趣(おもむ)き臥すを無智と云へり。馬は陽、南方なり。よつて頭(かしら)高くして起くる時は頭より起く。河を渡りも上(かみ)へ渡る。牛は頭下(ひき)く起くる時尻より起く。河も下(しも)へ渡る。これ天然のことなり。円(まどか)なる物は智なり、利なり、転ずること速疾(そくしつ)なり。方(はう・けたなる)は理なり、鈍なり、両部の戒なり。般若も体は理なり。自性鈍(にぶし)と云へり。用は利なり。揀択(けんちやく・えらびえらぶ)する性これあり。捨列顕勝(しやれつけんしよう)のゆゑなり。
○四大の中に地水は陰なり、理なり、下る性なり。風火は陽なり、智なり、上る性これあり。朝(あした)の霜露(しもつゆ)、日暖かく5)風起こりて烟(けぶり)上ること甚深の法門なり。人多く思ひこれを入れざるか。露は水なり。下るべし。煙と成つて上ること、日風と陽の他力強くして、水の力弱きゆゑに上るなり。炭(たん)、地の力大なるゆゑに、火の力の弱くして、煨(おき)下るなり。火大の力劣なるゆゑなり。三昧(さんまい)現せざるなり。もし行人の妄心(まうじん)露霜6)のごとく軽微(けいび)にして三密の行業(ぎやうごう)の力、風日のごとく勇猛(ゆうみやう)ならば、この凡夫の身、すなはち露霜のごとく軽くして、菩薩の位に登るべきか。
この法門は口伝を聞かず。自然にその旨を得たり。十分は譬喩なり。忽緒(こつしよ)すべからず。同法志ある人、定めて思ひを感ずべきか。小事をもつて大事を知る。浅き位によつて深き位に入る。これ智恵の性なり。
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陰陽ノ事 経ニ云ク道チ生ス一ヲ一生二ヲ二生三ヲ三生ス万物ヲ云々一水万波ト ナレトモ湿性不失虚無大道次第ニ成ル万物ト陰陽ノ形不ルコト相ヒ離レ 如功徳黒闇ノ毎ニ物陰陽ノ形チ也深ク達スレハ理智ノ法門也理 智寂照ヲ外典ニ陰陽ト談ズル故也男ハ陽女ハ陰也男ハ本鳥ヲ 上ヘ取上ケ女ハ髪ヲ下ヘ捶下ス是レ陰陽ノ形也南ハ陽北ハ陰 女ヲ北方トイヘリ出家ノ形ハ何ソ哉是則本分ヲ達スル形チ也 外典ニ云ク混沌ト未分時天地ノ形チ如鶏ノ子ノ取意然レハ男女ハ天 地ノ開ケテ後陰陽ノ形チ異ル時也出家ハ離陰陽ヲ返ル本源之貌也/1-8l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/8
頭ノ円ハ天地未開之時ノ形チ也経云ク息メ心ヲ達ス本源ヲ故ニ名テ為ス 沙門ト(取意)愚推ノ法門也不可為指南ト ○弥陀ハ出家ノ形チ螺髪ハ出家ノ形チ也観音ハ在家ノ形チ是レ何ノ 為ノ表示ゾ哉弥陀ハ智門出家ノ形チ如シ先ノ法門ノ観音ハ理門 和光同塵ノ跡同在家ニ但シ或上ヘ本鳥ヲアゲ或ハ下ヘ如ク女人ノ 垂タル是陰陽ノ形チ悉ク同シテ一類トシテ無キ不同之貌チ也智ハ無相ノ 一空也理ハ有相ノ万物也智ハ識大也理ハ五大也顕家ノ 理ハ智ノ理ナル故ニ同ク無相ノ一月輪也密家ノ理ハ五大ノ故ニ差 別ノ法也理趣経ノ如蓮体本源ト云々十界曼陀羅 差別ノ形チ也 天台ノ性具本来ノ理性ニ有十界ノ依正差別是レ不可有始テ 染ルコト天然トシテ性ニ十界ノ相具セリ是則チ本源ノ貌也曼陀羅ハ必ス十/1-9r
界也内証法門也 ○密家ノ性相ノ法門ヲ以仏知見法眼道種智ヲ習ヒ知ル故ニ馬 牛ノ趣臥ヲ無智ト云ヘリ馬ハ陽南方也仍頭高クシテ起ル時ハ自 頭起ク河ヲ渡モ上ヘ渡ル牛ハ頭下ク起ル時自尻起ク河モ下ヘ 渡ル是天然ノ事也円ナル物ハ智也利也転ズル事速疾也方ハ 理也鈍也両部ノ戒也般若モ体ハ理也自性鈍ト云ヘリ用ハ 利也揀択スル性有之捨列顕勝ノ故也 ○四大ノ中ニ地水ハ陰也理也下ル性也風火ハ陽也智也上ル 性有之朝ノ霜露日暖風起リテ烟上ル事甚深ノ法門也人 多不思入之歟露ハ水也下ルヘシ成テ煙ト上ル事日風ト陽ノ他 力強クシテ水ノ力弱キ故ニ上ル也炭地ノ力大ナル故ニ火ノ力ノ弱クシテ 煨下ル也火大ノ力劣ナル故也三昧不現也若シ行人ノ妄心/1-9l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/9
如露霜軽微ニシテ三密ノ行業ノ力如風日勇猛ナラハ此ノ凡 夫ノ身則如露霜軽クシテ可登菩薩位歟此ノ法門ハ不聞口 伝ヲ自然ニ其旨ヲ得タリ十分ハ譬喩也不可忽緒ス同法有志 人定テ可キ感ス思ヒヲ歟以小事ヲ知ル大事ヲ因浅位ニ入ル深位ニ是レ智恵ノ性也/1-10r
