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text:isoho:ko_isoho3-28

伊曾保物語

下巻 第28 鳩と狐の事

校訂本文

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ある時、植木に鳩、巣をくふことありけり。しかるを、狐、その下にあつて鳩に申しけるは、「御辺(ごへん)は何とて危なき所に子を育て給ふや。この所に置かせ給へかし。雨風のさはりもなし。穴にこそ置くべけれ1)と云ひければ、愚かなる者にて、まことかと心得て、その子を陸地(りくち)に生みけり。しかるを、狐、すみやかに餌食(ゑじき)になしぬ。

その時、かの鳩驚いて、木の上に巣をかけけり。しかるを、隣の鳩、教へけるは、「さても御辺はつたなき人なり。今より以後、狐、さやうに申さば、『なんぢ、この所へ上がれ。上がることかなはずは、まつたくわが子を果たすべからず』とのたまへ」と云へば、「げにも」とて、云ひければ、狐、申しけるは、「今よりして、御辺の上に騒がすることあるまじ。ただし、頼み申すべきことあり。その意見をば、いづれの人より受けさせ給ふぞ」と申しければ、鳩、つたなうして、「しかじかの鳥」と答ふ。

ある時、かの鳩に教へける鳥、下に降りて餌食を食(は)みける所に、狐、近付きて云はく、「そもそも御辺、世に並びなきめでたき鳥なり。尋ね申したきことあり。そのゆゑは、ねぐらに宿り給ふ前後・左右(さう)より激しき風吹くときは、いづくに面(おもて)を隠させ給ふや」と申しければ、鳥、答へて云はく、「左より風吹くときは右の翼にかへりをさし、右より風吹く時は左の翼にかへりをさし候ふ。前より風吹く時は後ろにかへりをさし候ふ。後ろより風吹く時は前にかへりをさし候ふ」と申す。狐、申しけるは、「あつぱれ、そのこと自由にし給ふにおいては、まことに鳥の中の王たるべし。ただし虚言(きよごん)や」と申しければ、かの鳥、「さらば、しわざを見せん」とて、左右に首をめぐらし、後ろをきつと見るときに、狐、走りかかつて、食らひ殺しぬ。

そのごとく、日々人に教化(けうげ)をなすほどならば、まづおのれが身をおさめよ。わが身のことをばさしおきて、人の教化をせんことは、ゆめゆめあるべからず。

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翻刻

  廿八   鳩ときつねの事
ある時うへ木にはとすをくふことありけりしか
るを狐そのしたにあつてはとに申けるは御辺は何
とてあふなき所に子をそたて給ふやこのところに
おかせ給へかし雨風のさはりもなしあなにこそ
おくへきけれと云けれはをろかなるものにて誠かと
心えてその子をりくちにうみけりしかるをきつね
すみやかにえしきになしぬ其ときかのはとをとろ/3-107l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/107

ひて木のうへにすをかけけり然るをとなりのはと
おしへけるはさても御辺はつたなき人なり今より
以後きつねさやうに申さは汝この所へあかれあか
る事かなはすはまつたくわか子をはたすへからす
とのたまへといへはけにもとていひけれはきつね
申けるは今よりして御辺のうへにさはかする
事あるまし但たのみ申へき事ありそのいけん
をはいつれの人よりうけさせ給ふそと申けれは
はとつたなふしてしかしかの鳥とこたふある時
かのはとにをしへける鳥したにおりてゑしきを
はみける所にきつねちかつきて云そもそも御辺/3-108r
世にならひなきめてたき鳥なり尋申たき事有
其故はねくらにやとり給ふ前後さうよりはけしき
風吹ときはいつくにおもてをかくさせたまふやと
申けれは鳥答云左より風ふくときは右のつはさに
かへりをさしみきよりかせふく時はひたりのつは
さにかへりをさし候まへよりかせふく時はうしろ
にかへりをさし候うしろよりかせふくときはまへ
にかへりをさし候と申きつね申けるはあつはれ
その事しゆうにし給ふにおゐては誠にとりの中
の王たるへしたたしきよこんやと申けれはかの鳥
さらはしわさを見せんとて左右にくひをめくらし/3-108l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/108

うしろをきつと見るときに狐はしりかかつてくら
いころしぬそのことく日々人に教化をなす程なら
はまつをのれか身をおさめよ我身の事をはさしお
きて人のけうけをせん事はゆめゆめあるへからす/3-109r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/109

1)
「べけれ」は底本「へきけれ」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho3-28.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa