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text:isoho:ko_isoho3-26

伊曾保物語

下巻 第26 猿と犬の事

校訂本文

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ある女猿(めざる)、一度に二つ子を生みけり。されば、わが胎内より同じ子を生みながら、一つをば深く愛し、一つをはおろそかにす。かの憎まれ子、いかんともせんかたなうて、月日を送れり。わが愛する子をば前に抱(いだ)き、憎む子を背中に置けり。

ある時、後ろより猛(たけ)き犬来たることあり。この猿、慌て騒いで逃ぐるほどに、いたく子を片脇(かたわき)にはさみて走るほどに、すみやかに行くことなし。しきりにかの犬近付きければ、まづ命を助からんと、片手にて脇はさみたる子を捨てて逃げのびけり。

かるがゆゑに、常に憎みて背中に置ける憎まれ子は、つつがもなく取り付き来たれり。かの寵愛せし子は、犬に食ひ殺されぬ。いくたび悔やめどもかひなきによつて、つひにかの憎みつる子をおほせ立てて、前の子のごとくに寵愛せり。

そのごとく、人としても、今まて親しく思ふ者にうとんじ、おろそかなる者にむつぶも、ただこの猿の喩へに異ならず。これによてこれを思へば、「かれは良し、これは悪し」と品(しな)を選ぶべからず。誰(たれ)も等しく思ふならば、人またわれを思ふべきこと疑ひなし。

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翻刻

  廿六   さると犬との事
ある女さる一とに二つ子をうみけりされは我たい
ないより同子をうみなから一つをはふかくあひし
一つをはをろそかにすかのにくまれ子いかんとも
せんかたなふて月日をおくれりわかあひする子を
はまへにいたきにくむ子をせなかにおけりある時
うしろよりたけき犬来る事あり此さるあはてさ
はひてにくるほとにいたくこをかたわきにはさ
みてはしるほとにすみやかにゆく事なししきり
にかのいぬ近付けれはまつ命をたすからんとかた手
にてわきはさみたるこをすててにけのひけりかる/3-105l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/105

かゆへにつねににくみてせなかにおけるにく
まれこはつつかもなくとりつききたれりかのてう
あひせしこはいぬにくひころされぬいくたひく
やめともかひなきによつてつゐにかのにくみ
つるこをおほせたててまへのこのことくにてう
あひせりそのことく人としても今まてした敷思ふ
ものにうとんしをろそかなる者にむつふもたた
此さるのたとへにことならす是によて是を思へは
かれはよしこれは悪しとしなをゑらふへからす
たれもひとしく思ふならは人又われをおもふへき
事うたかひなし/3-106r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/106

text/isoho/ko_isoho3-26.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa