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text:isoho:ko_isoho3-24

伊曾保物語

下巻 第24 修行者の事

校訂本文

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ある修行者、行き暮れて、わづかなるあやしの賤(しづ)の屋に、一夜宿を借りける。主(あるじ)、情け深き者にて、「結縁(けちえん)に」とて貸しける。

ころは冬ざれの霜夜なれば、手足こごへてかがまりければ、わが息を吹きかけて暖めけり。ややあつて後、熱き飯(めし)を食ふとて、息をもつて吹き冷ましければ、主、このよしを見て、「怪しき法師のしわざかな。冷たき物をば熱き息を出だして暖め、熱き物は冷ややかなる息出だして冷まし侍るぞや。いかさまにも、ただ人のしわざとも見えず。天魔の現じ来たれるや」と愚かに恐れて、暁方(あかつきがた)に及びて追ひ出だしぬ。

その1)ごとく、いたつて心つたなき者は、わが身に具足(ぐそく)したることをだにもわきまへず、ややもすれば、惑ひがちなり。これほどのことをだにわきまへぬやからは、良きことを見ては、かへつて悪しとや思ふべき。

かねてこれを心得よ。これはうち聞けば愚かなるやうなれども、人の世にあつて道に迷へること、かの主が人の息の熱きとぬるきとわきまへかねたるに異ならざるものなり。

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翻刻

  廿四   修行者の事
あるしゆきやうしやゆきくれてわつかなるあやし
のしつの屋に一夜やとをかりける主しなさけ
ふかきものにてけちえんにとてかしけるころは冬
されのしも夜なれは手足ここへてかかまりけれは/3-103l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/103

わかいきを吹かけてあたためけりややあつてのち
あつきめしをくふとていきをもつてふきさまし
けれは主し此よしをみてあやしき法師のしわさ
かなつめたき物をはあつきいきをいたしてあたた
めあつき物はひややかなるいき出してさまし侍る
そやいかさまにもたた人のしわさともみえすてん
まの現しきたれるやとをろかにおそれて暁かた
におよひておひ出しぬつてことくいたつて心つ
たなき物はわか身にくそくしたることをたにも
わきまへすややもすれはまとひかちなりこれほと
の事をたにわきまへぬやからは能事を見ては/3-104r
かへつてあしとや思ふへきかねてこれを心えよ
これはうちきけはをろかなるやうなれとも人の世
にあつてみちにまよへる事かの主しか人のいき
のあつきとぬるきとわきまへかねたるにことなら
さるものなり/3-104l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/104

1)
「その」は底本「つて」。「其」を二字に誤ったもの。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho3-24.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa