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text:isoho:ko_isoho3-22

伊曾保物語

下巻 第22 蛙と牛の事

校訂本文

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ある川のほとりに、牛一匹、ここかしこへ餌食(ゑじき)を求め歩(あり)き侍りしに、蛙(かいる)これを見て心に思ふやう、「わが身をふくらしなば、必ずもや、あの牛の背(せい)ほどなりなん」と思ひて、きつと伸び上がり、身の皮をふくらして、子どもに向かつて「今はこの牛の背ほどなりけるや」と尋ねければ、子どもあざ笑ひて云はく、「いまだそのくらゐなし。はばかりなから、御辺(ごへん)は牛に似たり給はず。まさしく蕪(かぶら)のなりにこそ見え侍りけれ。御皮の縮みたるところ侍るほどに、いま少しふくれさせ給はば、あの牛の背になり給ひなん」と申しければ、蛙答へて申さく、「それこそいとやすきことなれ」と云ひて、力及び「えいやつ」と身をふくらしければ、思ひのほかに皮にはかに破れて、はらわた出でて、むなしくなりにけり。

そのごとく、及ばざる才智・位を望む人は、望むことを得ず、つひにおのれが思ひゆゑに、かへつてわが身を亡ぼすことあるなり。

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翻刻

  廿二   かいると牛の事
ある河のほとりに牛一疋ここかしこへえしきを
もとめありき侍しにかいるこれをみて心に思ふ
やうわか身をふくらしなはかならすもやあの牛の
せいほとなりなんとおもひてきつとのひあかり身
のかはをふくらして子ともにむかつて今は此牛の
せいほとなりけるやとたつねけれは子ともあさわら
ひて云いまた其くらゐなしははかりなから御辺は
牛ににたり給はすまさしくかふらのなりにこそ
みえ侍りけれ御かはのちちみたる所侍る程にいま
すこしふくれさせ給ははあのうしのせいになり/3-101l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/101

たまひなんと申けれはかいる答て申さくそれこそ
いとやすき事なれといひて力およひゑいやつと
身をふくらしけれは思ひの外にかは俄にやふれ
てはらはた出てむなしくなりにけりそのことくお
よはさる才智位を望む人はのそむことをえす終に
をのれか思ひ故にかへつて我みをほろほす事有也/3-102r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/102

text/isoho/ko_isoho3-22.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa