text:isoho:ko_isoho3-21
下巻 第21 人を妬むは身を妬むといふ事
校訂本文
ある御門、二人の人を召し出だし給ふことありけり。一人は欲心(よくしん)深き者なり。いま一人は人を妬(ねた)む心深き者なり。御門、二人の者に仰せけるは、「なんぢら、われらにいかなることをも望み申せ。後に望まん者は、前の望みに一倍(いちばい)を与へん」とのたまへば、欲心なる者は、「何事にてもあれ、一倍取らん」と思ふによて、始めに乞ひ奉らず。今一人の者は、何事にてもあれ、人を妬(そね)む者なるによて、「われにまさりて、彼に取らせんも妬(ねた)まし」とや思ひけん、これも初めに乞ひ奉らず。
「われ先せよ」、「人先にせよ」といどみ争ふほどに、時刻移りければ、「とくとく」と綸言(りんげん)ならせ給ふほどに、かの佞人(ねいじん)思ふやう、「ここなる奴めが、あまりに欲心深きことの妬(ねた)ましければ、かれに仇(あた)を望まん」とて、進み出でて申しけるは、「しからば、わが片方(かたかた)の眼(まなこ)を抜きたく侍る」と奏しければ、「やすき所望」とて、片目を抜かれ1)。
そのごとく、佞人といふ者は、人の栄ふることを見ては、悲しむ顔にて、内心には喜ぶものなり2)。されば、かの者、おのれが3)片目を抜かるるといへども、かれが両眼(りやうがん)を抜かんため、まづ苦しみを堪忍(かんにん)せんとするにや。この佞人を上覧あつて、御門これをあはれみ給ひ、今一人はつつがもなくてぞまかり帰る。
人におしかけんと思ふは、まづわが身の苦しみと見えたり。「血を含みて人に吐けば、まづその口汚(けが)るる」とこそ申し伝へけれ。
翻刻
廿一 人をねたむは身をねたむと云事 ある御門二人の人を召出し給ふ事ありけり一 人はよくしんふかき物なりいま一人は人をねたむ こころふかき者なり御門二人の物に仰けるは汝ら/3-100r
我らにいかなる事をものそみ申せ後にのそまん物 は前ののそみに一はいをあたへんとの給へはよく しんなるものはなに事にてもあれいちはいと らんとおもふによてはしめにこひ奉らす今一人の ものはなに事にてもあれ人をそねむものなるに よて我にまさりてかれにとらせんもねたましとや 思ひけん是も初にこい奉らす我さきせよ人さきに せよといとみあらそふほとにしこくうつりけれは とくとくと綸言ならせ給ふ程にかの佞人思ふやう ここなるやつめかあまりによくしんふかき事の ねたましけれはかれにあたをのそまんとてすすみ/3-100l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/100
いてて申けるはしからはわかかたかたのまなこを ぬきたく侍るとそうしけれはやすき所望とてかた 目をぬかれそのことく佞人と云者は人のさかふる 事を見てはかなしむかほにて内心にはよろこふ ものなりされはかの物おれかかた目をぬかるると いへともかれか両かんをぬかんためまつくるし みをかんにんせんとするにや此佞人を上覧あつ て御門これをあはれみ給ひ今一人はつつかもなく てそまかりかへるひとにをしかけんと思ふはまつ わか身のくるしみとみえたりちをふくみて人に はけはまつその口けかるるとこそ申つたへけれ/3-101r
text/isoho/ko_isoho3-21.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa