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text:isoho:ko_isoho3-20

伊曾保物語

下巻 第20 孔雀と鶴の事

校訂本文

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ある時、鶴と孔雀と純熟(じゆんじゆく)して遊びけるに、孔雀、わが身を讃めて申しけるは、「世の中にわか翼に似たるはあらじ。絵に描くとも及びがたし。光は玉(たま)にもまさりつべし」などと誇りければ、鶴、答へて云はく、「御辺(ごへん)の自慢、もつともそきせぬこと1)にて候ふ。空を駆けるものの中に、御辺に並びて果報(くわほう)めでたきものは候ふまじ。ただし、御身に欠けたること二つ候ふ。一つには、御足元汚なげなるは、錦を着て足に泥を付けたるがごとし。二つには、鳥といつぱ高く飛ぶをもつてその徳とす。御辺は飛ぶといへども遠く行かず。これを思へば、翼は鳥にして、その身は獣(けだもの)にてあんなるぞ。少しき徳に誇つて、大きなる損をばわきまへずや」とぞ、恥(はぢ)を示しける。それよりして、孔雀、わづかに飛び歩くといへども、このことを思ふ時は、翼弱りて勢ひなし。

そのごとく、人としてわが誉(ほま)れをささぐる時は、人の憎みをかうむりて、果てには誤りを云ひ出ださるるものなりけれ。我慢の人たりといへども、道理をもつてその身をいさめば、用ゐず顔をするといふとも、心には、「げにも」と思ひて、いささかもへりくだる心あるべし。

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翻刻

  二十   孔雀と鶴の事
有ときつるとくしやくとしゆんしゆくしてあそひ
けるにくしやくわか身をほめて申けるは世中に
わかつはさににたるはあらしゑにかくともおよひ/3-99r
かたしひかりはたまにもまさりつへしなととほ
こりけれはつる答云御辺のしまんもつともそきせぬ
事にて候空をかける物の中に御辺にならひて
くわほうめてたきものは候まし但御身にかけたる
事二つ候一つには御あしもときたなけなるはにし
きをきてあしにとろをつけたるかことし二つ
には鳥といつはたかくとふをもつて其とくとす
御辺はとふといへともとをくゆかす是をおもへは
つはさは鳥にしてそのみはけたものにてあん成そ
すこしきとくにほこつて大なるそんをはわきまへ
すやとそはちをしめしけるそれよりしてくしやく/3-99l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/99

わつかにとひあるくといへとも此事を思ふ時は
つはさよはりていきほひなしそのことく人として
わかほまれをささくるときは人のにくみをかうむ
りてはてにはあやまりをいひ出さるる物なりけれ
かまんの人たりといへとも道理をもつてそのみを
いさめはもちいすかほをするといふ共こころには
けにもと思ひていささかもへりくたる心有へし/3-100r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/100

1)
「もつともそきせぬこと」不祥。万治二年版本「もつともよぎせぬこと」。
text/isoho/ko_isoho3-20.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa