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text:isoho:ko_isoho3-19

伊曾保物語

下巻 第19 蝤蛑(がざみ)の事

校訂本文

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ある蝤蛑(がざみ)1)あまた子を持ちけるなり。その子、おのれが癖(くせ)に横走りするところを、母これを見て、いさめて云はく、「なんぢら、何によりてか横ざまには歩みけるぞ」と申しければ、子ども謹(つ)しんで承り、「一人の癖にてもなし。われら兄弟みなかくのごとし2)。しからば、母上、歩(あり)き給へ。それを学び奉らん」と云ひければ、「さらば」とて、先に歩(あり)きけるを見れば、わが横走りに少しも違(たが)はず。子ども笑ひて申しけるは、「われら横歩(あり)き候ふが、母上の歩(ある)かせ給ふは、縦歩(あり)きか、そば歩きか」と笑ひければ、言葉無うてぞゐたりける。

そのごとく、わが身の癖をばかへりみず、人の誤ちをば云ふものなり。もしさやうに人の笑はん時は、退いて人の是非を見るべきにや。

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翻刻

  十九   かさみの事
あるかさみあまた子をもちけるなり其子をのれか
くせによこはしりする所を母これを見ていさめて
云汝ら何によりてかよこさまにはあゆみけるそと
申けれは子共つしんて承り一人のくせにてもなし
われらきやうたい皆かたのことし然らは母うへ
ありき給へそれをまなひ奉らんといひけれはさらは/3-98l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/98

とてさきにありきけるをみれは我よこはしりに
すこしもたかはす子ともわらひて申けるはわれら
よこありき候かははうへのあるかせたまふはたて
ありきかそはありきかとわらひけれはことはなふ
てそゐたりけるそのことくわか身のくせをはかへ
りみす人のあやまちをは云もの也若さやうに人の
笑はん時はしりそひて人の是非を見るへきにや/3-99r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/99

1)
ワタリガニのこと。
2)
「かくのごとし」は底本「かたのことし」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho3-19.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa