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text:isoho:ko_isoho3-18

伊曾保物語

下巻 第18 男、二女を持つ事

校訂本文

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ある男、二人妻を持ちけり。一人は年たけて、一人は若し。

ある時、この男、老いたる女のもとに行く時、その女申しけるは、「われ、年たけ齢(よはひ)衰へて、『若き男に語らふ』などと、人のあざけるべきも恥づかしければ、御辺(ごへん)の鬢髭(びんひげ)の黒きを抜きて、白髪(しらが)ばかりを残すべし」と云ひて、たちまち鬢髭の黒き1)を抜いて、白きをのみ残せり。この男、「あな憂(う)」と思へど、恩愛にほだされて、痛きをもかへりみず抜かれにけり。

またある時、若き女のもとに行きけるに、この女、申しけるは、「われ盛んなる者の身として、御辺のやうに白髪(はくはつ)とならせ給ふ人を妻と語らひけるに、『世に男の2)誰もなきか』なんどと、人の笑はんも恥づかしければ、御辺の鬢髭の白きをみな抜かん」と云ひて、これをことごとく抜き捨つる。

されば、この男、あなたに候へば抜かれ、こなたにては抜かれて、あげくには鬢髭無うてぞゐたりける。

そのごとく、君子たらんもの、ゆゑなき淫乱に汚れなば、たちまちかかる恥ぢを受くべし3)。しかのみならず、二人の機嫌をはからうは、苦しみ常に深きものなり。かるがゆゑに、諺(ことわざ)に云はく、「二人4)の君に仕へがたし」とや。

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翻刻

  十八   男二女をもつ事
有男二人妻をもちけりひとりは年たけて一人は
わかしあるとき此おとこ老たる女のもとに行
時その女申けるは我としたけよはひおとろへて若
おとこにかたらふなとと人のあさけるへきもはつ
かしけれは御辺のひんひけのくろきをぬきてしら
かはかりを残すへしといひてたちまちひんひけの/3-97l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/97

くろをぬひて白きをのみのこせりこのおとこあなうと
思へとをんあひにほたされていたきをもかへり
みすぬかれにけり又ある時わかき女のもとに行
けるに此女申けるはわれさかんなるものの身と
して御辺のやうにはくはつとならせ給ふ人を妻と
かたらひけるに世におこの誰もなきかなんとと
人のわらはんもはつかしけれは御辺のひんひけの
しろきをみなぬかんと云てこれをことことくぬき
すつるされはこのおとこあなたに候へはぬかれこ
なたにてはぬかれてあけくにはひんひけなふてそ
ゐたりけるそのことく君子たらんもの故なきゐん/3-98r
らんにけかれなはたちまちかかるはちをうけへし
しかのみならす二人のきけんをはからうはくるし
みつねにふかき物なりかるかゆへにことわさに
云ふりの君につかへかたしとや/3-98l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/98

1)
「黒き」て底本「き」なし。万治二年版本により補う。
2)
「男の」は底本「おこの」。万治二年版本により訂正。
3)
「受くべし」は底本「うけへし」。万治二年版本「請くべし」により訂正。
4)
「二人」は底本「ふり」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho3-18.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa