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text:isoho:ko_isoho3-17

伊曾保物語

下巻 第17 鼠の談合の事

校訂本文

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ある時、鼠、老若男女あひ集まりて僉議(せんぎ)しけるは、「いつもかの猫といふいたづらものに亡ぼさるる時、千度(ちたび)悔やめどもその益(えき)なし。かの猫、声を立つるか、しからずは足音高くなどせば、かねて用心すべけれども、ひそかに近付きたるほどに、油断して捕らるるのみなり。いかがはせん」と云ひければ、古老の鼠、進み出でて申しけるは、「せんずるところ、猫の首に鈴を付けておき侍らば、やすく知りなん」と云ふ、みなみな、「もつとも」と同心しける。

「しからば、このうちより誰(たれ)出でてか、猫の首に鈴を付け給はんや」と云ふに、上臈鼠(じやうらふねずみ)より下鼠(しもねずみ)に至るまで、「われ付けん」と云ふ者なし。これによて、そのたびの議定(ぎぢやう)こと終らで退散(たいさん)しぬ。

そのごとく、人のけなげだてを云ふも、ただ畳の上の広言(くわうげん)なり。戦場に向かへば、常に武士(つはもの)といふ者も、震(ふる)ひわななくとぞ見えける。しからずは、なんぞすみやかに敵国を亡ぼさざる。「腰抜けのゐはからひ」、「畳太鼓に手拍子」とも、これらのことをや申し侍るべき。

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  十七   ねすみのたんかうの事
ある時鼠老若男女あひあつまりてせんきしける
はいつもかのねこといふいたつらものにほろほさ
るるときちたひくやめともそのゑきなしかのねこ/3-96l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/96

声をたつるかしからすは足をとたかくなとせは
かねて用心すへけれともひそかにちかつきたる程
にゆ断してとらるるのみなりいかかはせんといひ
けれはこらうのねすみすすみいてて申けるは詮
するところねこのくひにすすを付てをき侍らはやすく
知なんといふ皆々もつともと同心しける然らは
このうちより誰出てかねこのくひにすすをつけ給
はんやといふに上らうねすみより下鼠にいたる
まて我つけんと云ものなし是によてそのたひのき
ちやうことおはらてたいさんしぬ其ことく人の
けなけたてをいふも只たたみの上のくわうけん也/3-97r
戦場にむかへはつねにつはものといふ物もふるひ
わななくとそみえけるしからすはなんそすみやか
に敵こくをほろほささるこしぬけのゐはからひ
たたみ太鼓に手拍子ともこれらの事をや申侍へき/3-97l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/97

text/isoho/ko_isoho3-17.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa