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text:isoho:ko_isoho3-08

伊曾保物語

下巻 第8 鳩と蟻の事

校訂本文

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ある川のほとりに、蟻、遊ぶことありけり。にはかに水かさまさり来て、かの蟻をさそひ流る。浮きぬ沈みぬするところに、鳩、梢(こずゑ)よりこれを見て、「あはれなるありさまかな」と梢をちと食ひ切つて、川の中に落しければ、蟻、これに乗つて渚(なぎさ)に上がりぬ。

かかりけるところに、ある人、竿(さを)の先にとりもちを付けて、かの鳩を刺さんとす。蟻、心に思ふやう、「ただ今の恩を送らふものを」と思ひ、かの人の足に、しつか1)と食ひ付きければ、おびえあがつて竿をかしこに投げ捨てけり。そのものの色や知る。しかるに、鳩、これを悟りて、いづくともなく飛び去りぬ。

そのごとく、人の恩を受けたらん者は、いかさまにも、「その報ひをせばや」と思ふ心ざしを持つべし。

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万治二年版本挿絵

翻刻

  八   鳩とありの事
ある河のほとりにありあそふ事有けり俄に水
かさまさりきてかのありをさそひなかるうきぬし
つみぬする所にはと木末より是をみてあはれなる
ありさまかなと木すゑをちとくひきつて河の中に
おとしけれはありこれにのつてなきさにあかりぬ
かかりける所に有人さほのさきにとりもちを付て/3-88r
かの鳩をささんとすあり心に思ふやうたた今の恩
をおくらふ物をとおもひかの人のあしにししかと
くひつきけれはおひへあかつてさほをかしこに
なけすてけり其ものの色やしるしかるにはと是を
さとりていつく共なくとひさりぬそのことく人の
恩をうけたらんものはいかさまにもそのむくひを
せはやとおもふ心さしをもつへし/3-88l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/88

1)
「しつか」は底本「しヽか」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho3-08.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa