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text:isoho:ko_isoho3-05

伊曾保物語

下巻 第5 馬と狼の事

校訂本文

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ある馬、山中を通りけるに、狼(おほかめ)行き向かつて、すでにこの馬を食らはんとす。馬、はかりごとに申けるは、「この所においてわれを餌食(ゑじき)となし給はば、後代の聞こえ悪しかりなんず。なほ山深く召し連れ給へ。何となりともはからひ給へ」と申しければ、狼、「げにも」と同心す。

その時、馬、縄をわが腹に付けて、狼の首にくくり付けて、「何国なりとも連れさせ給へ」と申しければ、「この山は案内知らず。なんぢ、みちびけ」と云ひければ、馬、申しけるは、「これは里人行く道にてはなし。奥山への直道(すぐみち)」と申す。かれもこれも歩み近付くほどに、手づめになりて、狼、「たばかられん」とや思ひけん、後ろへ「えいやつ」とし去りければ、馬は前へぞひつかけける。さしもに猛き狼も、大の馬には強く引かれぬ。せんかたなげにぞ行きたりける。

主(あるじ)、このよしを見付けて、まづ狼にいたく棒をぞ与へける。そばより粗忽人(そこつびと)走り出でて、刀を抜いて切らんとす。狼の符(ふ)よかりけん、その身をはづれて縄を切られ、ほうほうと逃げてぞ帰りける。

そのごとく、わが敵と思はん者の云ふことをば、よく思案して従ふべし。あはてて同心せば、かの狼が災ひに同じかるべし。

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翻刻

  五   むまとおほかめの事
ある馬山中をとをりけるに狼ゆきむかつてすてに
此馬をくらはんとす馬計事に申けるは此所におゐ
て我をえしきとなし給はは後代のきこえあしかり
なんす猶山ふかく召つれ給へなにと成共はからひ
給へと申けれは狼けにもと同心すその時むまなはを
我腹につけて狼のくひにくくり付て何国なり共/3-82l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/82

つれさせ給へと申けれは此山は案内しらす汝道ひ
けと云けれは馬申けるはこれは里人行道にて
はなし奥山へのすく道と申かれも是もあゆみ近
つく程にてつめになりて狼たはかられんとや思ひ
けんうしろへゑいやつとしさりけれはむまは前へ
そひつかけけるさしもにたけき狼も大のむまには
つよくひかれぬせんかたなけにそ行たりける主
この由を見つけてまつ狼にいたくはうをそあたへ
けるそはよりそこつ人はしり出てかたなをぬひて
きらんとすおほかめのふよかりけんその身をはつ
れてなはをきられほうほうとにけてそかへりける/3-83r
そのことく我敵とおもはんもののいふ事をはよく
思案してしたかふへしあはてて同心せはかの狼か
わさはひにおなしかるへし/3-83l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/83

text/isoho/ko_isoho3-05.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa