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text:isoho:ko_isoho3-04

伊曾保物語

下巻 第4 竜と人の事

校訂本文

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ある河のほとりを、馬に乗りて通る人ありけり。その傍らに、竜(たつ)といふ者、水に離れて迷惑(めいわく)するありけり。この竜、今の人を見て申しけるは、「われ、今水に離れてせんかたなし。憐れみをたれ給ひ、その馬に乗せて、水ある所へつけさせ給はば、その返報(へんぽう)として金銭を奉らん」と云ふ。かの人、まことと心得て、馬に乗せて水上(みなかみ)へ送る。

そこにて、「約束の金銭をくれよ」と云へば、竜、怒(いか)つて云はく、「何の金銭をか参らすべき。われを馬にくくり付けて痛め給ふだにあるに、金銭とは何事ぞ」と、いどみ争ふ所に、狐、馳せ来たりて、「さても竜殿は、何事を争ひ給ふぞ」と云ふに、竜、右のおもむきをなん云ひければ、狐、申しけるは、「われこの公事(くじ)を決すべし。さきにくくり付けたるやうは、何とかしつるぞ」と云ふに、竜、申しけるは、「かくのごとし」とて、また馬に乗るほどに、狐、人に申しけるは、「いかほどか締め付けらるぞ」と云ふほどに、「これほど」とて締め付ければ、竜の云はく、「いまだそのくらいなし。したたかに締められける」と云へば、「これほどか」とて、いやましに締めつけて、人に申しけるは、「かかる無理無法(むりむはふ)なるいたづら者をば、もとの所へやれ」とて、追つ立てたり。人、「げにも」と喜びて、もとの畑におろせり。その時、竜、いくたび悔やめども、かひなくして失せにけり。

そのごとく、人の恩をかうむりて、その恩を報ぜんのみ、かへつて人に仇(あた)をなせば、天罰たちまち当たるものなり。これを悟れ。

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万治二年版本挿絵

翻刻

  四   たつと人の事/3-81r
ある河のほとりを馬にのりてとをる人ありけり其
かたはらにたつといふもの水にはなれてめいはく
するありけり此たついまの人をみて申けるはわれ
今水にはなれてせんかたなしあはれみをたれ給ひ
その馬にのせてみつある所へつけさせ給ははその
返報として金せんを奉らんといふかの人誠と心え
て馬にのせてみなかみへおくるそこにてやくそく
の金せむをくれよといへはたついかつて云なんの
きんせんをかまいらすへき我を馬にくくりつけて
いため給ふたにあるにきんせんとは何事そと
いとみあらそふ所に狐はせ来てさてもたつとのは/3-81l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/81

なに事をあらそひ給ふそといふにたつ右のおも
むきをなんいひけれはきつね申けるはわれこの
公事をけつすへしさきにくくりつけたるやうは
なにとかしつるそといふにたつ申けるはかくの
ことしとて又むまにのるほとにきつね人に申ける
はいか程かしめ付らるそといふ程にこれ程とて
しめけれはたつの云いまたそのくらいなししたたか
にしめられけるといへはこれ程かとていやましに
しめつけて人に申けるはかかるむりむはうなる
いたつらものをはもとのところへやれとておつ立
たり人けにもとよろこひて本のはたけにおろせり/3-82r
其時たついくたひくやめともかひなくしてうせに
けりそのことく人の恩をかうむりてその恩をほう
せんのみかへつて人にあたをなせは天罰たちまち
あたるものなりこれをさとれ/3-82l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/82

text/isoho/ko_isoho3-04.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa