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text:isoho:ko_isoho3-03

伊曾保物語

下巻 第3 狐と庭鳥の事

校訂本文

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ある時、庭鳥(にはとり)、園(その)に出でて、餌食(ゑじき)を求むる所に、狐、「これを食らはばや」と思ひ、まづはかりごとをめぐらして申しけるは、「いかに庭鳥殿、御辺(ごへん)の父御(ちちご)とは親しく申し承り候ひぬ。この後は、御辺とも申し承らめ」と云ひければ、庭鳥、「まことかな」と思ふところに、狐、申しけるは、「さても御辺の父御は、御声のよかんなるぞ。あはれ一節(ひとふし)歌ひ候へかし。聞き侍らん」と云ふ。庭鳥、讃め上げられて、すでに歌はんとして、目をふさぎ、首をさしのべけるところを、しやかしとくはへて走るほどに、庭鳥の鳴き声を聞きつけて、主(あるじ)追つかけて、「わが庭鳥ぞ」と叫びければ、狐をたばかりけるは、「いかに狐殿、あの賤しき者の分として、『わが庭鳥』と申し候ふに、『御辺の庭鳥にてこそあれ』と返答し給へ」と云ひければ、狐、「げにも」とや思ひけん、その庭鳥をさし放し、あとを見返るひまに、庭鳥、すでに木に登れば、狐おほきに仰天(ぎやうてん)して、むなしく山へぞ帰りける。

そのごとく、人がものを云へと教ゆればとて、思案もせず、あはてて物を云ふべからず。かの狐が庭鳥を捕りそこなひけるも、思案なげにものを云ひけるゆゑにぞ。

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翻刻

  三   狐と庭鳥の事/3-80r
あるとき庭鳥そのに出てえしきをもとむる所に
きつねこれをくらははやと思ひまつはかりことを
めくらして申けるはいかに庭鳥との御辺のちちこ
とはしたしく申承候ぬこの後は御辺とも申うけ
たまはらめといひけれはにはとりまことかなと思ふ
所にきつね申けるはさても御辺のちち子は御声
のよかんなるそあはれ一ふしうたひ候へかし聞侍
らんと云にはとりほめあけられてすてにうたはん
としてめをふさきくひをさしのへける所をしやか
しとくわへてはしるほとに庭鳥の鳴声をきき
つけて主おつかけてわかには鳥そとさけひけれは/3-80l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/80

きつねをたはかりけるはいかにきつねとのあのいや
しき物のふんとして我にはとりと申候に御辺の
には鳥にてこそあれと返答し給へといひけれは
きつねけにもとやおもひけんそのにはとりをさし
はなし跡をみかへるひまににはとりすてに木に
のほれはきつねおほきにきやうてんしてむなしく
山へそかへりける其ことく人かものをいへとおし
ゆれはとてしあんもせすあはてて物を云へからす
かのきつねかにはとりをとりそこなひけるも思案
なけに物をいひけるゆへにそ/3-81r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/81

text/isoho/ko_isoho3-03.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa