text:isoho:ko_isoho3-02
目次
下巻 第2 狼と猪の事
校訂本文
さるほどに、猪(いのしし)、子どもあまた並みゐける中に、ことに小さき猪、我慢(がまん)おこして、「総(そう)の司(つかさ)となるべし」と思ひて、歯をくひしばり、目をいからし、尾を振つて飛び巡れども、傍輩(はうばい)ら、一向これを用ゐず。
かの猪、気を砕いて、「しよせんかやうの奴ばらにくみせんよりは、他人に敬はればや」と思ひて、羊どもの並みゐたる中に行きて、前のごとく振舞ひければ、羊、勢ひに恐れて、逃げ隠れぬ。
さてこそ、この猪、本座を達してゐける所に、狼(おほかめ)一匹、馳せ来たりけり。「あはや」とは思へども、「われはこれ主なれば、かれもさだめて恐れなん」とて、さらぬ体(てい)にてゐけるところを、狼、飛びかかり、耳をくわへて、山中に至りぬ。羊もつて合力(がふりよく)せず。をめき叫び行くほどに、かの猪傍輩、この声を聞きつけて、つひに取り込め助けにけり。その時こそ、「無益(むやく)の謀叛(むほん)しつるものかな」と、もとの猪らに降参しける。
そのどとく、人の世にあることも、よしなき慢気(まんき)を起こして、人を従へたく思はば、かへつて禍(わざわ)ひをまねくものなり。つひにはもとの親しみならでは、まことの助けになるべからず。
翻刻
二 狼といのししの事/3-79r
さるほとにいのしし子共あまたなみゐける中に ことにちいさきいのししかまんおこしてそうの つかさとなるへしとおもひてはをくひしはり目を いからし尾をふつてとひめくれともはうはいら一 かう是をもちいすかのいのししきをくたひて所詮 かやうのやつはらにくみせんよりは他人にうや まはれはやとおもひて羊とものなみゐたる中に 行てまへのことくふるまひけれは羊いきほひにお それてにけかくれぬさてこそ此いのしし本座を達 して居ける所に狼一ひきはせ来りけりあはやとは 思へ共われはこれ主なれはかれもさためてをそれ/3-79l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/79
なんとてさらぬていにてゐける所をおほかめとひ かかりみみをくわへて山中にゐたりぬ羊もつて 合力せすおめきさけひゆくほとにかのいのしし はうはひこの声をききつけてつゐにとりこめた すけにけりその時こそむやくのむほんしつる物 かなともとのいのししらにかうさんしけるその ことく人の世にある事もよしなきまんきをおこ して人をしたかへたくおもははかへつてわさはひ をまねくものなりつゐにはもとのしたしみなら てはまことのたすけになるへからす/3-80r
text/isoho/ko_isoho3-02.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa