text:isoho:ko_isoho2-39
中巻 第39 猿と人の事
校訂本文
昔、正直なる人と虚言(そらごと)をのみ云ふ人とありけり。この二人、猿のある所に行きけり。
しかるに、ある木のもとに、猿ども数多(すた)並みゐて、中に秀でおのおの敬ふ1)猿あり。かの嘘人(うそびと)、猿のそばに近付きて、例の嘘を申しけるは、「これに気高く見えさせ給ふは、ましら王2)にてわたらせ給ふか。そのほか面々見えさせ給ふは、月卿雲客(げつけいうんかく)にわたらせ給ふか。あないみじきありさま」とぞ讃めける。ましら、このよしを聞きて、「にくき人の讃めやうかな。これこそまことの帝王にておはしませ」とて、引出物などしける。
しかるを、かの正直なる者思ふやう、「これは嘘を云ふにだに、引出物出(だ)したりければ、まことを云はんに何しかは得ざらん」とて、かの猿のほとりに行きて申しけるは、「面々の中に年長(た)け齢(よはひ)衰へて、首の禿げたるもあり、さかんにして、よく物まねするべくもあり」なんどぞ、ありのままに申しければ、ましら、おほきに怒(いか)つて、猿ども、いくらもむさぶりかかつて、つひにかき殺しぬ。
そのごとく、人の世にあることも、こびへつらふ者はいみじく栄え、素直なる者はかへつて害を受くることあり。この儀を悟つて、素直なる上にまかせて悔ゆることなかれ。
万治二年版本挿絵
翻刻
卅九 さると人の事 むかししやうちきなる人とそらことをのみいふ人 とありけり此二人さるのある所にゆきけりしかる にある木のもとにさるともすたなみゐて中にひ ゐてをのをのうやましさるありかのうそ人さる のそはにちかつきてれいのうそを申けるは是に けたかくみえさせ給ふはましら王にて渡せ給ふか その外めんめんみえさせたまふは月けいうんかく にわたらせ給ふかあないみしきありさまとそほめ/2-73r
けるましらこのよしをききてにくき人のほめやう かな是こそまことの帝王にておはしませとて引出 物なとしけるしかるをかのしやうちきなるもの 思ふやうこれはうそをいふにたにひき出ものたし たりけれはまことをいはんになにしかはえさらん とてかのさるの辺に行て申けるはめんめんの中 にとしたけよはひをとろへてくひのはけたるも ありさかんにしてよく物まねするへくもありなん とそありのままに申けれはましらおほきにいかつ てさるともいくらもむさふりかかつてつゐにかき ころしぬそのことく人の世にある事もこひへつ/2-73l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/73
らふ物はいみしくさかへすなをなる物はかへつて かいをうくる事ありこの儀をさとつてすなをなる うへにまかせてくゆる事なかれ/2-74r
text/isoho/ko_isoho2-39.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa