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中巻 第40 獅子王と驢馬の事
校訂本文
ある時、驢馬(ろば)、獅子王(ししわう)に行き合ひ、「いかに獅子王、わが山に来たり給へ。威勢のほどを見せ参らせん」と云ふ。獅子王、「をかし」と思へども、さらぬ体(てい)にてともなひ行く。
山の傍らにおいて、驢馬、おびたたしく走り巡りければ、その音に恐れて、狐・狸ぞなどいふもの、ここかしこより逃げ去りぬ。驢馬、獅子王に申しけるは、「あれ見給へや、獅子王。かほとめでたき威勢にて侍る」と誇りければ、獅子王、怒(いか)つて云はく、「奇怪(きつくわい)なり驢馬。われはこれ獅子王なり。なんぢらがごとく下臈(げらう)の身として尾籠(びろう)を振る舞ふこと、狼藉(らうぜき)なり」といましめられて、まかり退く。
その下輩(げはい)の身として、人と争ふことなかれ。ややもすれば、わが身のほどをかへりみずして、人と争ふ。果てには恥辱を受くるものなり。ゆるがせに思ふことなかれ。
翻刻
四十 師子王と驢馬の事 ある時ろはししわうに行あひいかにししわう我山 に来り給へ威勢のほとを見せまいらせんといふ獅 子王おかしと思へともさらぬ体にてともなひゆく 山のかたはらにおゐてろはおひたたしくはしり めくりけれはそのおとにおそれて狐たぬきそなと いふ物ここかしこよりにけさりぬろはししわうに 申けるはあれ見たまへやししわうかほとめてたき/2-74r
威勢にて侍るとほこりけれは師子王いかつて云きつ くわいなりろは我はこれ師子王也汝らかことく 下らうの身としてひろうをふるまふ事らうせき なりといましめられてまかりしりそくその下はい の身として人とあらそふ事なかれややもすれは我 身のほとをかへりみすして人とあらそふはてには ちしよくをうくるもの也ゆるかせに思ふ事なかれ 伊曾保物語中/2-74l
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