ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:isoho:ko_isoho2-38

伊曾保物語

中巻 第38 狼とパストルの事

校訂本文

<<PREV 『伊曾保物語』TOP NEXT>>

ある狩人、狼(おほかめ)狩り行きけるに、この狼、ある木陰に隠れをれり。しかるを、パストル1)見付けてけり。それによて、この狼、パストルに向かつて申しけるは、「わが命を助け給へ」。ひたすら頼む。それはパストルやすくうけごふ。

狼、心やすくゐける所に、狩人来たつて、パストルに申しけるは、「このほとりに狼や来たる」と尋ねければ、パストル、目づかいにてこれを教へける。狩人、その所を悟らず、遥か奥に行き過ぎたり。その後、狼、まかり出でて、いづくとも知らず逃げ去りぬ。

ある時、この狼のパストルに行き会ひけり。パストル申しけるは、「わごぜはいつぞや助けける狼か」と云へば、狼答へて云はく、「さればとよ、御辺(ごへん)のことはよかんなれど、御辺の眼(まなこ)は抜き捨てたく侍る」とぞ申しける。

そのごとく、われも人も、外によきことをする顔なれども、内心はなはだ悪道(あくだう)なれば、かのパストルに異ならず。すみやかに内心の隔てをなすことなく、一心不乱に善事をすべし。

<<PREV 『伊曾保物語』TOP NEXT>>

翻刻

  卅八   狼とはすとるの事
ある狩人おほかめかり行けるにこの狼有木かけ
にかくれおれりしかるをはすとる見つけてけり
それによてこの狼はすとるにむかつて申けるは
我命をたすけ給へひたすらたのむそれははすとり/2-72r
やすくうけこふ狼心やすくゐける所に狩人きた
つてはすとりに申けるは此辺に狼やきたるとたつ
ねけれははすとりめつかいにてこれををしへける
かり人その所をさとらすはるかおくにゆき過たり
そののち狼まかり出ていつくともしらすにけさり
ぬあるとき此おほかめのはすとりにゆきあひけり
はすとり申けるはわこせはいつそやたすけける
おほかめかといへは狼答云されはとよ御辺のこと
はよかんなれと御辺のまなこはぬきすてたく侍る
とそ申ける其ことくわれも人も外によき事をする
かほなれ共内心はなはた悪たうなれはかのはすとり/2-72l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/72

にことならすすみやかに内心のへたてをなす事
なく一心ふらんに善事をすへし/2-73r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/73

1)
羊飼い。底本「はすとり」と「はすとる」が混在するため、「パストル」で統一した。
text/isoho/ko_isoho2-38.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa