text:isoho:ko_isoho2-37
目次
中巻 第37 人と驢馬の事
校訂本文
ある人、驢馬(ろば)に荷を負ほせて行くに、この驢馬、ややもすれは行きなづむことありけり。この人、「奇怪(きつくわい)なり」とて、いたく鞭(むち)を負ほせければ、驢馬、申しけるは、「かかる憂き目にあはんよりは、しかじ、ただ死なばや」とぞ申しける。
かの人、なほいたくいましめて追ひやるほどに、行き疲れて、つひに命終りぬ。かの人、心に思ふ、「かかる宿世(しゆくせ)つたなきものをば、その皮までも打ちいましめて」とて、太鼓に張りて桴(ばち)を当てけり。
そのごとく、人の世にあることも、いささかの難艱(なんかん)なればとて、死なんと願ふべからず。何しか命の終りを待たず、身を投げんとすることは、いたつて深き罪科たるべし。これを慎しめ。
翻刻
卅七 人とろはの事 ある人驢馬に荷をおほせてゆくに此ろはややもす れは行なつむ事有けりこの人きつくわいなり とていたくむちをおほせけれはろは申けるはかかる うきめにあはんよりはしかしたたしなはやとそ申 けるかの人なをいたくいましめておひやるほとに 行つかれてつゐに命おはりぬかの人こころに思ふ/2-71l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/71
かかるしゆくせつたなき物をはそのかはまて もうちいましめてとて太鼓にはりてはちをあて けり其ことく人の世にある事もいささかのなん かんなれはとてしなんとねかふへからすなにしか 命のおはりをまたす身をなけんとする事はいた つてふかき罪科たるへしこれをつつしめ/2-72r
text/isoho/ko_isoho2-37.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa