text:isoho:ko_isoho2-26
目次
中巻 第26 鳶と鳩の事
校訂本文
ある時、鳩と鳶(とび)と並びゐける所に、鳶この鳩をあなどつて、ややもすれば餌食(ゑじき)とせんとす。その鳩、僉議(せんぎ)評定(ひやうぢやう)して、鷲のもとに行きて、申しけるは、「鳶と云ふ下賤(げせん)の無道仁(ふだうじん)あり。ややもすれば、我らにこめみせ顔なり。今より以後、その振舞ひをなさぬやうにはからひ給はば、主君と仰ぎ奉らん」と云ひければ、鷲、やすく請けがつて、鳩を一度(いちど)に召し寄せ、片端に捻(ね)ぢ殺しぬ。その残る鳩、申しけるは、「これ人のしわざにあらず。われとわが身を殺(あや)まなり。鷲のはからひ給ふところ道理至極なり」となん云ひける。
そのごとく、いまだわが身に初めよりなきことを新しくいたすは、かへつてその悔いあるものなり。ことの後に千度(ちたび)悔いんよりは、ことの前(さき)に一度(ひとたび)も案ぜんにはしかじとぞ見えける。いささかの歎きを忍びかねて、かへつて大難を受くるもの多し。かるがゆゑに、諺(ことわざ)に云ふ、「小難をしのぐ。さればかへつて大謀(だいぼう)を乱る」とも見えたり。
翻刻
廿六 とひと鳩の事 あるときはとととひとならひゐける所にとひ此 はとをあなとつてややもすれはえしきとせんとす そのはとせんき評定してわしのもとにゆきて申 けるはとひと云下せんのふたう仁有ややもすれは われらにこめみせかほなりいまより以後そのふる まひをなさぬやうにはからひ給ははしゆ君とあふ き奉らんといひけれは鷲やすくうけかつてはと を一とにめしよせかたはしにねちころしぬその のこるはと申けるはこれ人のしわさにあらすわれ とわか身をあやまつなりわしのはからひたまふ所/2-61r
道理至極なりとなんいひけるそのことくいまた我 身にはしめよりなき事をあたらしくいたすは かへつてそのくゐある物なりことののちにちたひ くゐんよりはことのさきに一たひも案せんにはし かしとそみえけるいささかのなけきをしのひかね てかゑつて大なんをうくる物おほしかるかゆへに ことわさにいふせうなんをしのくされはかへつて たいほうをみたるともみえたり/2-61l
text/isoho/ko_isoho2-26.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa