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text:isoho:ko_isoho2-21

伊曾保物語

中巻 第21 烏と狐の事

校訂本文

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ある時、狐、餌食(ゑじき)を求めかねて、ここかしこさまよふところに、烏(からす)肉(ししむら)をくわへて、木の上におれり。狐、心に思ふやう、われこの肉を取らまほしく覚えて、烏のゐける木のもとに立ち寄り、「いかに御辺(ごへん)、御身はよろづの鳥の中すぐれて美しく見えさせおはします。しかりといへども、少しこと足り給はぬこととては、御声の鼻声にこそ侍れ。ただし、このほど世上(せじやう)に申ししは、『御声もことのほかによくわたらせ給ふ』など申してこそ候へ。あはれ、一節聞かまほしうこそ侍れ」と申しければ、烏、この儀をまことと心得て、ものことに1)、「さらば、声を出ださん」とて、口をはだけけるひまに、つひに肉を落しぬ。狐、これを取つて逃げ去りぬ。

そのごとく、人、いかに讃むるといふとも、いささかまことと思ふべからず。もし、このことを少しも信ぜば、慢気(まんき)出来(しゆつたい)せんことうたがひなし。人の讃めん時は、慎しんで2)なほへりくだるべし。

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翻刻

  廿一   からすときつねの事
あるとき狐えしきをもとめかねてここかしこさま
よふ所に烏ししむらをくわへて木の上におれりき
つね心に思ふやうわれ此ししむらをとらまほしく
おほえてからすの居ける木のもとに立よりいかに
御辺御身はよろつの鳥の中すくれてうつくしく
みえさせおはしますしかりといへともすこし事
たりたまはぬこととては御声のはなこえにこそ
侍れたたしこの程世上に申しは御声もこと
の外によくわたらせ給ふなと申てこそ候へあはれ/2-56l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/56

一ふしきかまほしうこそ侍れと申けれはからす此
儀を誠とこころへてものことにさらはこゑをいた
さんとて口をはたけけるひまに終にししむらを
おとしぬきつね是をとつてにけ去ぬそのことく
人いかにほむるといふともいささかまことと思ふ
へからすもしこの事をすこしもしんせはまんき
出来せん事うたかひなし人のほめん時はつしん
てなをへりくたるへし/2-57r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/57

1)
「ものことに」は万治二年版本なし。衍文か。
2)
「慎しんで」は底本「つしんて」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho2-21.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa