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text:isoho:ko_isoho2-19

伊曾保物語

中巻 第19 狐と鷲の事

校訂本文

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ある時、鷲(わし)、わが子の餌食(ゑじき)となさんがため、狐の子を奪ひ取つて飛び去りぬ。狐、天に仰(あふ)ぎ地に伏して歎き悲しむといどとも、そのかひなし。狐、心に思ふやう、「いかさまにも鷲1)の仇(あた)には、煙(けぶり)にしくことなし」とて、柴(しば)といふ物を鷲の巣のもとに集めて火をなん点けければ、鷲の子、炎の内に悲しむありさま、まことにあはれに見えける。その時、鷲、千度(ちたび)悲しめどもかひなし。つひに焼き落されて、たちまち狐のためにその子を食らはる。

そのごとく、当座、わが勝手なればとて、下(しも)ざまの者に仇(あた)をなしおくことなかれ。人の思ひの積もりぬれば、つひにはいづくにか逃るべき。「高き堤(つつみ)も蟻の穴より崩れ始むる」となん云ひける。

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  十九   きつねとわしの事
ある時わし我子のえしきとなさんかため狐の子を
うはひとつてとひさりぬきつね天にあふき地にふ
してなけきかなしむといへともそのかひなしきつ
ね心に思ふやういかさまにもたかのあたには煙に
しく事なしとて柴といふ物をわしのすのもとに
あつめて火をなんつけけれは鷲の子ほのをのうちに/2-55r
かなしむありさま誠にあはれにみえけるその時鷲
千たひかなしめ共かひなしつゐにやきおとされ
てたちまちきつねのために其子をくらはるそのこ
とく当座我かつてなれはとてしもさまのものにあた
をなしをく事なかれ人の思ひのつもりぬれはつゐ
にはいつくにかのかるへきたかき堤もありのあな
よりくつれはしむるとなんいひける/2-55l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/55

1)
「鷲」は底本「たか」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho2-19.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa