text:isoho:ko_isoho2-15
目次
中巻 第15 日輪と盗人の事
校訂本文
ある所に盗人一人ありけり。「その所の人、彼に妻を与へん」と云ふ。「さりながら」とて、学者のもとに行きてこれを問ふに、学者、喩へをもつて云はく、「されば、人間、天道(てんたう)に仰ぎ申しけるは、『日輪(にちりん)、妻を持たぬやうにはからひ給へ』といふ。天道『いかに』と問ひ給へば、人間、答へて云はく、『日輪、ただ一つあるさへ、炎天のころは暑さを忍びがたし。しかのみならず、ある時は五穀を照りそこなふ。もしこの日輪、妻子眷属(さいしけんぞく)繁昌1)せば、いかがし奉らん』と申す。そのごとく、盗人一人あるだに物騒がしくかまびすしきに、妻を与へて子孫繁昌せんこといかん」とのたまへば、「げにも」とぞ人々申しける。
そのどとく、悪人には力を添ゆること、雪に霜を添ゆるがごとし。仇(あだ)をば恩にて報ずるなれば、悪人にはその力を落さすること、かれがためにはよき助けたるべし。
翻刻
十五 日輪とぬす人の事 ある所に盗人一人ありけり其所の人かれに妻を あたへんといふさりなからとて学者のもとにゆき てこれをとふに学者たとへをもつていはくされは 人間天道にあふき申けるは日りん妻をもたぬやう にはからひ給へといふ天道いかにととひ給へは人間 答云日りんたたひとつ有さへえんてんの比はあつ さを忍ひかたししかのみならすある時は五穀をて りそこなふ若此日りんさいしけんそく盤せうせは/2-52r
いかかし奉らんと申そのことく盗人一人ある たに物さはかしくかまひすしきにつまをあたへて しそんはんしやうせん事いかんとの給へはけに もとそ人々申けるそのことく悪人には力をそゆる 事雪に霜をそゆるかことしあたをは恩にてほう するなれは悪人にはそのちからをおとさする事かれ かためにはよきたすけたるへし/2-52l
1)
「繁昌」は底本表記「盤せう」。
text/isoho/ko_isoho2-15.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa