text:isoho:ko_isoho2-12
目次
中巻 第12 犬と羊の事
校訂本文
ある時、犬、羊に行きあひて云ふやう、「なんぢに負(おほ)せける一石の米(よね)を、ただ今返せ。しからずは、なんぢを失なはん」と云ふ。羊、大きに驚き、「御辺(ごへん)の米をば借り奉ることなし」と云ふ。
犬、ここに訴人(そにん)ありとて、狼(おほかめ)ぞ、烏(からす)ぞ、鳶(とび)ぞといふ者をあひ語らひ、奉行のもとへ行きて、このむねを申し争ふ。狼、進み出でて申しけるは、「この羊、米を借りけること、まことにて侍る」と云ふ。鳶、また出でて申しけるは、「われもその訴人にて候ふ」と申す。烏もまた同前なり。これによつて、犬にその理(ことわり)をつけられたり。羊、せんかたなさのあまりに、わが毛を削つてこれに与ふ。
そのごとく、善人と悪人とは、悪人のかたへは多く、善人の味方は少なし。それによつて善人といへども、その理をまげてことわらずといふことありけり。
翻刻
十二 いぬとひつしの事 ある時犬ひつしにゆきあひていふやう汝におほ/2-50r
せける一石のこめをたたいまかへせしからすは汝 をうしなはんといふ羊大きにをとろき御辺のこめ をはかり奉る事なしと云犬ここにそ人ありとて 狼そ烏そとひそといふものをあひかたらひ奉行 のもとへゆきてこのむねを申あらそふ狼すすみ いてて申けるは此羊よねをかりける事誠にて 侍るといふとひ又いてて申けるは我も其そ人にて 候と申からすも又同前なりこれによつていぬに その理をつけられたり羊せんかたなさのあまりに わかけをけつつてこれにあたふそのことく善人と 悪人とは悪人のかたへはおほくせん人のみかたは/2-50l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/50
すくなしそれによつてせん人といへともその理を まけてことはらすといふ事ありけり/2-51r
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