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text:isoho:ko_isoho2-11

伊曾保物語

中巻 第11 狼と羊の事

校訂本文

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ある川の辺(ほとり)に、狼(おほかめ)、羊(ひつじ)と水を飲むことありけり。狼は上にあり。羊は川すそにあり。

狼、羊を見て、かのそばに歩み近付き、羊に申しけるは、「なんぢ、何のゆゑにか、わが飲む水を濁しけるぞ」と云ふ。羊、答へて云はく、「われ、この川すそにあつて濁しけるほどに、いかでか川の上(かみ)の障りとならんや」と申しければ、狼、また云はく、「なんぢが父、六か月以前に、川上に来たつて水を濁す。それによつて、なんぢが親の過(とが)をなんぢにかくる」と云へり。羊、答へて云はく、「われ胎内にして父母(ちちはは)の過を知ることなし。御免(ごめん)あれ」と申しければ、狼、怒つて云はく、「その過のみにあらず。われと山の草をほしいままに損(そん)ざすこと奇怪(きつくわい)なり」と申しければ、羊、答へて云はく、「いとけなき身にして、草を損ざすことなし」と云ふ。狼、申しけるは、「汝、何のゆゑにか悪口しけるぞ」と怒りければ、羊、重ねて申しけるは、「わが悪口を云ふにあらず。そのことわりをこそのべ候へ」と云ひければ、狼の云ふやうは、「詮(せん)ずる所、問答をやめて、なんぢをこそ服(ふく)すべけれ」となん云ひける。

そのごとく、理非を聞かぬ悪人には、是非(ぜひ)を論じて所詮(しよせん)なし。ただ、権威と堪忍(かんにん)とをもつて向かふべし。

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翻刻

  十一   狼とひつしの事/2-49r
ある河のほとりに狼羊と水をのむ事ありけり狼
は上にあり羊は河すそにあり狼羊をみてかのそは
にあゆみちかつき羊に申けるは汝なにの故にか
我のむ水をにこしけるそと云ひつし答云われ此
河すそにあつてにこしける程にいかてかかはの上
のさはりとならんやと申けれは狼又云汝かちち六か
月い前にかは上にきたつてみつをにこすそれ
によつて汝か親のとかを汝にかくるといへりひつ
し答云われたいないにしてちち母のとかをしる
事なし御めんあれと申けれは狼いかつて云その
とかのみにあらすわれと山の草をほしいままに/2-49l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/49

そんさす事きつくわいなりと申けれはひつし
答云いとけなき身にして草をそんさす事なしと
いふ狼申けるは汝何のゆへにか悪口しけるそと
いかりけれはひつしかさねて申けるはわか悪
口をいふにあらすそのことはりをこそのへ候へと
いひけれはおほかめのいふやうは詮する所問答をや
めて汝をこそふくすへけれとなんいひける其こと
く理非をきかぬ悪人には是非を論してしよ詮なし
たたけんいとかんにんとをもつてむかふへし/2-50r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/50

text/isoho/ko_isoho2-11.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa