text:isoho:ko_isoho2-08
中巻 第8 イソポ、夫婦の中なほしの事
校訂本文
エジツトの内カサといふ在所に、ノトといへる人のありけり。これは富み栄えて侍れども、その妻の方は貧しくして頼りなき父母(ちちはは)を持ちて侍りき。かの妻、もとより腹悪しくて、常に夫(おつと)の気に逆へり。
ある時、夫に隠れ親の方へ帰りぬ。その時、夫、歎き慕ふことかぎりなし。人をやりて呼べども、かつていらへもせず。男、あまりの悲しさに、イソポを請じてありのままを語り、「いかにとして呼び返さんや」と問ひければ、イソポ、「これいとやすきことなり。今日のうちに呼び返すべきはかりごとを教へ奉らん」と云ふ。
そのはかりごとに、まづ、訪れ物に色々の鳥獣(とりけだもの)を担はせて、妻のありしもとに行きて云ふやう、「われ、頼みたる人、今日女房を迎へられけるが、砂糖(さたう)なし。もし、この家にあるか」と問へば、妻、これを聞きて、「すはや」と驚き騒ぎて、「われを捨てて余(よ)の妻を呼ぶこと無念なり」とて、そのまま男の方へ走り行きて、「なんぞ御辺は異なる妻を呼ぶとや。ゆめゆめ、その儀かなはじ」などと怒りければ、男笑つて云はく、「『今日、なんぢ帰らるべし』と思ひ侍れば、その喜びのために、かく珍しき物を買ひ求むる」と云ひて、また云はく、「このはかりごとは、イソポの才覚なり」とぞ喜びける。
それよりイソポはエジツトの御門の御暇を賜はりて、本国へ帰りける時、御約束の俸禄(ほうろく)をも取りて至れる。これによつて、御門大きに御感(ぎよかん)あり。
そのほか、エジツトにてなしける所のことわりども、こまごまと語りければ、「まことにこのイソポはただ人とも覚えぬものかな」と人々申し合へりけり。
翻刻
八 いそほふうふの中なをしの事 ゑしつとのうちかさといふさいしよにのととい へる人のありけり是はとみさかへて侍れとも其妻 のかたはまつしくしてたよりなきちち母をもちて 侍りきかの妻もとよりはらあしくてつねにおつと のきにさかへりある時おつとにかくれ親のかたへ かへりぬ其時おつとなけきしたふ事かきりなし 人をやりてよへともかつていらへもせす男あまり/2-45l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/45
のかなしさに伊曾保をしやうしてありのままを語 いかにとしてよひかへさんやととひけれはいそ保是 いとやすき事なりけふのうちによひかへすへき はかりことををしへ奉らんといふそのはかりこと にまつおとつれ物に色々の鳥けた物をになはせて つまのありしもとにゆきていふやう我たのみたる 人けふ女房をむかへられけるかさたうなしもし此 家にあるかととへはつまこれをききてすはやとお とろきさはきてわれをすててよのつまをよふ事 無念なりとてそのままおとこのかたへはしり行 てなんそ御辺はことなるつまをよふとやゆめゆめ/2-46r
その儀かなはしなとといかりけれはおとこわらつて いはくけふ汝かへらるへしと思ひ侍れはそのよろ こひのためにかくめつらしき物をかいもとむると いひて又いはくこのはかり事はいそほのさいかく なりとそよろこひけるそれよりいそほはえしつと の御門の御暇を給はりて本こくへかへりける時御 やくそくのほうろくをもとりていたれるこれによ つて御門大きに御感ありその外ゑしつとにてなし ける所のことはりともこまこまとかたりけれは誠 にこのいそほはたたひとともおほえぬものかなと 人々申あへりけり/2-46l
text/isoho/ko_isoho2-08.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa