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text:isoho:ko_isoho2-07

伊曾保物語

中巻 第7 イソポ、人に請ぜらるる事

校訂本文

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エジツトの都に、やんごとなき学匠(がくしやう)ありけり。顔貌(かほかたち)見苦しきこと、イソポにまさりて醜く侍れど、おのれが身の上は知らず。イソポが姿の悪しきを見て笑ひなんとす。

ある時、わざと金銀綾羅(りようら)をもつて座敷を飾り、玉を磨きたるごとくにして、山海の珍物(ちんぶつ)を調(ととの)へ、イソポをなん請じける。イソポ、この座敷のいみじきありさまを見て云はく、「かほどにすぐれて見事なる座敷、世にあらじ」と讃めて、何とか思ひけん、かの主(あるじ)のそばへつつと寄り、顔に1)唾(つばき)を吐きかけけるに、主、怒つて云はく、「こはいかなることぞ」ととがめければ、イソポ答へて云はく、「われ、このほど心地悪しきことあり。しかるに、唾(つばき)を吐かんとて、ここかしこを見れども、まことにひびしく飾られける座敷なれば、いづくにおいても、御辺の顔にまさりて汚なき所なければ2)、かく唾を吐き侍る」と云へば、主、答へて「さても、かのイソポにまさりて才智理性の人あらじ」と笑ひ語りけり。

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万治二年版本挿絵

翻刻

  七   伊曾保ひとに請せらるる事
えしつとの都にやんことなき学匠ありけりかほかた
ち見くるしき事いそほにまさりてみにくく侍れ
とをのれか身のうへはしらすいそほかすかたのあ
しきをみてわらひなんとすある時わさと金銀れう/2-44l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/44

らをもつて座敷をかさり玉をみかきたることくに
してさんかいのちんふつをととのへいそほをなん
請しける伊曾保このさしきのいみしきありさま
をみていはくかほとにすくれて見事なるさしき
世にあらしとほめてなにとか思ひけんかの主のそ
はへつつとよりかほとつはきをはきかけけるに
あるしいかつて云こはいかなる事そととかめけ
れはいそ保答云我この程心ちあしきことあり然に
つはきをはかんとてここかしこをみれ共誠にひひ
しくかさられけるさしきなれはいつくにおゐても
御辺のかほにまさりてきたなき所なれはかくつは/2-45r
きをはき侍るといへは主こたへてさてもかのいそ
保にまさりて才智りせいの人あらしとわらひ
かたりけり/2-45l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/45

1)
「顔に」は底本「かほと」。万治二年版本により訂正。
2)
「所なければ」は底本「所なれは」。万治二年版本により訂正。
text/isoho/ko_isoho2-07.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa