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text:isoho:ko_isoho2-06

伊曾保物語

中巻 第6 侍、鵜鷹に好く事

校訂本文

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さるほどに、エジツトの国の侍ども、鵜鷹逍遥(うたかせうえう)を好むことはなはだし。国王、これを諫(いさ)め給へども、勅命をも恐れず、これに長(ちやう)ず。御門、イソポに仰せけるは、「臣下、殿上にまかり出でん時、この費(つひえ)を語り候へかし」とありければ、かしこまつて承る。

折節、官人祗候(しこう)のみぎり、申し出だし給ふやうは、「わが国に損人(そんじん)を治す医師(くすし)あり。その養生(やうじやう)といふは、器物(うつはもの)に泥を入れて、その病人を漬けひたすこと日久し。ある病者、やうやく十に九つ治りける時、外に出でんとすれども、これを制して門外を出でず。

その内をなぐさみ歩(あり)きける折節、ある侍、馬上に鷹をすゑ、十人に犬引かせて通りけるを、かの住人走り出で、馬の承鞚(みづつき)に取り付き支へて申しけるやうは、『この乗り給ふもの物は何ものぞ』。侍、答へて云はく、『これは馬といひて、人の歩みを助くるものなり』。『手にすゑさせ給ふは何ものぞ』と問ふ。『これは鷹といひて鳥を捕るものなり』。『跡(あと)に引かせ給ふは何ものぞ』。『これは犬とて、この鷹の鳥を捕るとき下狩(したが)りするものなり』と云ふ。

住人、案じて云はく、『その費(つひえ)いくばくぞや』。侍、答へて云はく、『毎年百貫あてなり』と云ふ。『その得(とく)、いかほどあるぞ』と問ふ。侍、答へて云はく、『五貫三貫の間』と云ふ。住人笑つて云はく、『御辺(ごへん)、この所を早く過ぎさせ給へ。この内の医者(いしや)は狂人を治す人なり。もし、この医者の聞かるるならば、御辺を取つて泥の中へ押し入らるべし。そのゆゑは、百貫の損をして五・三貫の得あることを好む人は、ただ狂人に異ならず』と云ふ。侍、『げにも』とや思ひけん、それよりして鵜鷹の逍遥をやめ侍りける」とぞ申しける。

この物語を聞きける人々、「げにも」とや思はれけん、鵜鷹の芸をやめけるとぞ。

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  六   さふらひうたかにすく事
去程にえしつとのくにのさふらひ共うたかせう
えうをこのむ事はなはたし国王是をいさめ給へ
共勅命をもおそれすこれにちやうすみかといそほ/2-43r
に仰けるは臣下殿上にまかりいてん時此つゐへを
かたり候へかしとありけれはかしこまつて承る折
ふし官人しこうのみきり申いたし給ふやうは我
国にそむ人をなをすくすしありそのようちやうと
いふはうつはものにとろをいれてその病人をつけ
ひたす事日ひさしある病者やうやく十に九つな
をりけるとき外にいてんとすれともこれをせいし
て門外を出すその内をなくさみありきけるおり節
あるさふらひ馬上に鷹をすへ十人に犬ひかせて
とをりけるをかの住人はしり出馬のみつつきに
とりつきささへて申けるやうは此のり給ふ物は/2-43l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/43

なに物そ侍答云是は馬といひて人のあゆみをたす
くるものなり手にすゑさせ給ふはなに物そととふ
これはたかといひて鳥をとる物なり跡にひかせ
給ふはなにものそこれは犬とてこのたかの鳥をと
るときしたかりする物なりといふちう人安して云
其つゐへいくはくそや侍答云毎年百貫あてなり
といふそのとくいかほとあるそと問侍答云五くわ
む三くわんの間といふちふ人わらつていはく御辺
この所をはやくすきさせ給へこの内のいしやはき
やう人をちすひとなりもしこのいしやのきかるる
ならは御辺をとつてとろの中へをし入らるへしそ/2-44r
のゆへは百貫のそんをして五三くわんのとくある
事をこのむ人はたたきやう人にことならすと
いふさふらひけにもとや思ひけんそれよりしてう
たかの逍遥をやめ侍りけるとそ申ける此物語を
ききける人々けにもとやおもはれけんうたかの
けいをやめけるとそ/2-44l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/44

text/isoho/ko_isoho2-06.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa