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text:isoho:ko_isoho1-08

伊曾保物語

上巻 第8 棺槨の文字の事

校訂本文

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ある時シヤント、イソポを召し入れ、墓所(むしよ)を過ぎさせ給ふに、傍らに棺槨(くわんくわく)あり。そのめぐりに七つの文字(もんじ)あり。一つには「よ」、二つには「た」、三つには「あ」、四つには「ほ」、五つには「み」、六つには「こ」、七つには「を」、これなり。

イソポ、シヤントに申しけるは、「殿は智者にてわたらせ給へな、この文字の心を知らせ給ふや」と云ふ。シヤントと「これは昔(いにしへ)の字なり。世隔たり、時移つてて、今の人たやすく知ることなし」と仰せければ、イソポあざ笑つて云はく、「この文字の心を申しあらはすにおいては、いかばかりの御褒美にかあづからん」と申しければ、シヤント答へて云はく、「この心をあらはすにおいては、譜代(ふだい)の所をさしおくべし。しかのみならず、もしこの文字の下にあらん物、半分を与へん」となり。

イソポ申しけるは、「第一に、「よ」とは「四つ」といふ儀なり。二つに、「た」とは1)いふ儀なり。三つに、「あ」とは「あるべし」と書く儀なり。四つに「ほ」とは「ほるべし」といふ儀なり。六つに、「こ」とは「黄金(こかね)」と云ふ儀なり。七つに、「を」とは「置く」といふ儀なり」と読みて、その下を掘りて見れば、文字のごとくあまたの黄金ありけり。シヤント、これを見て欲念(よくねん)おこり、イソポに約束のごとく与へず。

なほその下を掘りて見れば、四方なる石に五つ2)の文字あらはれたり。一つには「を」、二つには「こ」、三つには「み」、四つには「て」、五つには「わ」、これなり。

イソポ、これを見てシヤントに申しけるは、「この黄金(こがね)をみだりに取り給ふべからず。そのゆゑは、この文字にあらはれ、第一3)、「を」とは「置く」といふ儀なり。第二、「こ」とは「黄金(こがね)」といふ儀なり。第三、「み」とは「見付くる」といふ儀なり。第四、「て」とは「帝王」といふ儀なり。第五、「わ」とは「渡し奉るべし」といふ儀なり。しからば、その金(こがね)をほしいままに取り給ふべからず」と云ふ。その時シヤント、仰天(ぎやうてん)して、ひそかにイソポを近付け、「このこと他人に漏らすべからず」とて、金(かね)半分を与へける。

イソポ、石に向かつて礼をする。そのゆゑは、「この金(かね)をば、前(さき)に給はるまじきと定め給へど、この文字ゆゑにこそ給はりつれ」とて、石と文字(もじ)とを礼拝す。イソポ申しけるは、「この宝を取り出だすにおいては、譜代の所を赦免(しやめん)あるべしと、かたく契約ありければ、今より後は御免しなしとても、御譜代の所をば免され申すべし」と云ひけるなり。

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翻刻

  第八   くわんかくの文字の事/1-13r
ある時しやんといそほをめしいれむしよをすきさ
せ給ふにかたはらにくわんかくあり其めくりに
七つのもん字ありひとつにはよふたつにはたみつ
にはあ四つにはほ五にはみ六つにはこななつには
を是也いそほしやんとに申けるは殿は智者にて
わたらせ給へはこのもん字の心をしらせ給ふやと
いふしやむと是はいにしへの字なり世へたたり時
うつつていまの人たやすくしる事なしと仰けれ
はいそ保あさわらつていはく此もんちのこころを申
あらはすにおゐてはいかはかりの御ほうひにかあつ
からんと申けれはしやんと答云此心をあらはすに/1-13l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/13

おゐてはふたいの所をさしをくへししかのみなら
すもしこのもんちの下にあらん物半分をあたへん
となり伊曾保申けるは第一によとは四つといふ儀
なり 二にたとはいふ儀なり 三にあとは有へし
とかく儀なり 四に保とはほるへしと云儀なり
六にことはこかねと云儀なり 七にをとはおくと
云儀なりと読てその下をほりて見れはもんちのこ
とくあまたの黄金ありけりしやんとこれをみて
よくねんおこり伊曾保にやくそくのことくあたへ
すなをそのしたをほりてみれは四方なる石に五門
の文字あらはれたりひとつにはをふたつにはこ三/1-14r
つにはみ四つにはて五つにはわこれなりいそほ是
をみてしやんとに申けるはこの黄金をみたり
にとり給ふへからすそのゆへは此文字にあらはれ
大一をとはおくといふ儀なり大二ことはこかねと
いふ儀なり大三みとは見つくると云儀なり大四て
とは帝王といふ儀なり大五わとは渡し奉るへし
といふ儀なりしからはその金をほしゐままにとり
給ふへからすと云その時しやんときやうてんして
ひそかにいそほをちかつけこの事他人にもらす
へからすとてかね半分をあたへけるいそ保石にむ
かつて礼をするそのゆへはこのかねをはさきに給/1-14l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/14

はるましきとさため給へとこのもん字故にこそ給
はりつれとていしともしとを礼拝す伊曾保申
けるは此宝をとり出すにおいてはふたいの所を
しやめんあるへしとかたくけいやくありけれは今
よりのちは御ゆるしなしとても御ふたいの所を
はゆるされ申へしといひけるなり/1-15r

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/15

1)
「宝(たから)」を脱したか。
2)
「五つ」は底本「五門」。「つ」と「門」字形の類似による誤写とみて訂正。
3)
「第一」は底本「大一」。以下「大五」まで同じ。
text/isoho/ko_isoho1-08.txt · 最終更新: 2025/03/01 11:38 by Satoshi Nakagawa