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text:isoho:ko_isoho1-06

伊曾保物語

上巻 第6 風呂の事

校訂本文

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ある時シャント、イソポに仰せけるは、「風呂は広きや。見て参れ」とありければ、かしこまつてまかり出づ。

その道において、ある人、イソポに行き合ふ。「なんぢ、いづくより、いづかたへ行くぞ」と問ひければ、「知らず」と答う。かの人怒つて云はく、「奇怪(きくわい)なり。イソポ人の問ふにさる返事するものや。召しいましめん」ときせられければ、イソポ答へて云はく、「さればこそ、さやうに人にいましめられんことを知らざることにて侍るか」と申しければ、「こさんなれ」とて免されける。

その門の傍らに、出で入りに障りする石あり。この石にて、あまた足をくじき、あるひはうち割くを、人これを見て、「あやしの石や」とてこれを除く。イソポこれを見て、シヤントに申しける、「風呂には人一人にて候ふと見え侍る」と申しければ、「さらば」とて、シヤント風呂に入らる。

しかる所に、風呂に入りける人、いくらといふその数を知らず。シヤント、イソポを召して仰せけるは、「なんぢ何のゆゑをもつてか、『風呂には人一人』といひけるぞ」と問ひ給へば、イソポ答へて云はく、「先に風呂の門に出で入りに障りする石ありけり。人あまたこれに悩まさるるといへどもこれを除く。それよりして、出で入り平安1)に候ふ間、かの『人一人』と申し候ふ」と答へけるなり。

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翻刻

  第六   風呂の事
あるときしやんといそほに仰けるは風呂はひろき
やみてまいれとありけれはかしこまつてまかり出/1-10l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/10

其道におゐてある人いそほに行あふ汝いつく
よりいつかたへゆくそととひけれはしらすとこたう
かの人いかつていはくきくわいなりいそ保ひとの
とふにさる返事する物やめしいましめんときせ
られけれはいそ保答云されはこそさやうに人にいま
しめられんことをしらさる事にて侍かと申けれ
はこさんなれとてゆるされけるその門のかたはら
に出入にさはりする石あり此石にてあまたあしを
くしきあるひはうちさくを人これを見てあやしの
いしやとてこれをのそくいそほこれを見てしやん
とに申けるふろには人一人にて候とみえ侍ると/1-11r
申けれはさらはとてしやんとふろにいらるしか
る所にふろに入ける人いくらといふそのかすを
しらすしやんといそほをめして仰けるは汝なにの
ゆへをもつてかふろにはひと一人といひけるそと
とひ給へはいそほ答云先にふろの門に出いりにさ
はりするいしありけり人あまた是になやまさるる
といへともこれをのそくそれよりして出いり平案
に候間かのひと一人と申候とこたへけるなり/1-11l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/11

1)
「平安」は底本表記「平案」。
text/isoho/ko_isoho1-06.txt · 最終更新: 2025/02/23 22:10 by Satoshi Nakagawa