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text:isoho:ko_isoho1-05

伊曾保物語

上巻 第5 獣の舌の事

校訂本文

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ある時シヤント、客来(きやくらい)のみぎり、イソポに仰せて、「なんぢ世の中に珍しき物を求め来たれ」とありければ、イソポ、獣(けだもの)の舌をのみ調(ととの)へ侍りける。シヤント、これを見て、「世間の珍しき物に、獣の舌を求むること何事ぞ」と仰せければ、イソポ答へて云はく、「それ世の中のありさまを見るに、舌三寸のさへづりをもつて、現世は安穏(あんをん)にして、後生善所(ぜんしよ)に至り候ふも、みな舌頭(ぜつとう)のわざなり。されば、諸肉(しよにく)の中(うち)において、舌は一の珍しき物にあらずや」と申す。

またある時、「世間第一1)の悪物(あくぶつ)を求め来たれ」とありければ、イソポ、また獣の舌を調ふ。シヤントこれを見て、「これは世間第一珍しき物にてこそあれ。悪しき<物とは何事ぞ」とありければ、イソポ答へて云はく、「しはばく世間の悪事を案じ候ふに、これ禍(わざわ)ひの門なり。三寸の舌のさへづりをもつて、五尺の身を損じ候ふも、みな舌ゆゑのしわざにて候はずや」と申すに、シヤント、このこと領掌(りやうじやう)して、二つの返事を尊(たつと)み給ふなり。

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  第五   けたもののしたの事
ある時しやんと客来のみきりいそほに仰て汝世中
にめつらしき物をもとめきたれとありけれはいそ
ほけた物のしたをのみ調侍りけるしやんとこれを
みてせけんのめつらしきものにけたもののしたを
もとむる事なにことそと仰けれはいそほ答云夫
世中のありさまを見るに舌三すんのさえつりを
もつてけん世はあんのんにして後生せんしよにい
たり候もみな舌頭のわさなりされはしよにくの中
におゐてしたはいちのめつらしきものにあらす
やと申又あるときせけん大一の悪物をもとめきた/1-10r
れとありけれは伊曾保又けたものの舌をととのふ
しやんとこれをみてこれは世間大一めつらしき物
にてこそあれあしきものとはなに事そと有けれは
伊曾保答云しはらくせけんの悪事をあんし候
に是禍門也三すんの舌のさえつりをもつて五尺の
身をそんし候もみなしたゆへのしわさにて候は
すやと申にしやんとこの事りやうちやうして
ふたつの返事をたつとみたまふなり/1-10l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/10

1)
「第一」は底本表記「大一」。以下同じ。
text/isoho/ko_isoho1-05.txt · 最終更新: 2025/02/23 21:37 by Satoshi Nakagawa