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text:isoho:ko_isoho1-03

伊曾保物語

上巻 第3 柿を吐却する事

校訂本文

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ある時、シヤントのもとへ柿を贈る人ありけり。かの所従(しよじゆう)ら、この柿を食ひ尽して、イソポが臥したりける懐(ふところ)に一つ二つ押し入れて、彼になん負ほせける。

ややあつて後、シヤント、かの柿を乞ひ出ださる。おのおの「知らず」と答ふ。シヤント、怪しみ尋ねければ、おのおの一口に申しけるは、「その柿をばイソポこそ知り侍らめ」と云ふ。「さらば」とて、イソポを召し出だし尋ね給ふに、案のごとく懐に柿あり。

「あはや」とこれを糾明(きうめい)するに、イソポ申しけるは、「罪科逃れがたく候ふ。しかりとも、それがし申さんことを傍輩(はうばい)らにも仰せつけさせ給ふべし」と申されければ、シヤント、彼が望みをとげさせ給ふ。そのはかりごとと云つぱ、おのおの傍輩らを御前に召し出だされ、酒をくだされて侍るならば、吐却(ときやく)をせんことあるべし。その柿を吐却したらん者を、それがしによらず、その科(とが)たるべし」と申す。

シヤント1)、「げにも」と思ひて、そのはかりごとをなし給ふに、掌(たなごころ)をさすがごとく少しもたがはず、かの柿を盗み食ひたる者ども、一度(いちど)に吐却す。さるによりて、イソポは科なく、傍輩どもは罪をかうむりける。

イソポが当座の機転、奇特(きどく)とぞ、人々感じ給ひける。

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万治二年版本挿絵

翻刻

  第三   柿をときやくする事/1-7l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/7

ある時しやんとのもとへかきをおくる人ありけり
かのしよしうら此柿をくいつくして伊曾保かふし
たりけるふところにひとつふたつをし入てかれに
なんおほせけるややあつてのちしやむとかのかき
をこひいたさるをのをのしらすと答しやむとあ
やしみたつねけれはをのをの一くちに申けるは
そのかきをはいそほこそしり侍らめといふさらは
とていそ保をめしいたしたつね給ふにあむのこと
くふところにかきありあはやとこれをきうめい
するにいそほ申けるはさいくわのかれかたく候し
かりともそれかし申さん事をはうはいらにも仰/1-8r
つけさせ給へしと申されけれはしやんとかれかの
そみをとけさせ給ふそのはかり事といつはをのをの
はうはいらを御まへにめしいたされ酒をくたさ
れて侍るならはときやくをせん事あるへしその
かきをときやくしたらんものをそれかしによらす
其とかたるへしと申しやむけにもと思ひて其は
かり事をなし給ふにたな心をさすかことくす
こしもたかはすかのかきをぬすみくひたる物とも
いちとにときやくすさるによりていそほはとか
なくはうはいともはつみをかうむりける伊曾保か
当座のきてんきとくとそ人々かんしたまひける/1-8l

https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/8

1)
「シヤント」は底本「しやむ」。文脈により訂正。
text/isoho/ko_isoho1-03.txt · 最終更新: 2025/02/21 12:40 by Satoshi Nakagawa