巻6第2話(44) 法華の中の念仏証拠の事
校訂本文
往生要集(わうじゃうえうしふ)の念仏証拠の段に、木槵子経(もくげんしきやう)の南無阿弥陀等の文を引いて、今の経を引き用ひ給はず。先徳の意、わきまへがたし。外(ほか)に求むべからざるか。方便品(はうべんぼん)1)に、「以深信念仏云々」。また、「一称南無仏。皆已成仏道(一たび南無仏を称す。皆すでに仏道を成しき)」。これ証拠なり。 ことに十方の仏、現前にす。「善哉(よきかなや)。釈迦文」と讃め給ひし時、釈尊2)、余(よ)の讃歎(さんだん)はなくて、喜んで南無仏を称し給ひしこと、仏、なほ念仏し給ふ。凡夫(ぼんぶ)もつとも行ずべし。明拠(めいこ)、いづれの経文かこれにしかんや。先徳、引き用ひざること、頗(すこぶ)る不審なり。
また神力品(じんりきぼん)3)に、東方の仏国に、釈尊の妙法を説き給ふこと、通解(つうげ)して虚空に音声(おんじやう)ありて、「釈迦を供養し礼拝すべし」と告げし時、諸の天人・菩薩、余のことこれなく、ただ西方に向かつて、「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」と唱へしこと、念仏の証拠なり。仏菩薩、なほ念仏し給ふことかくのごとし。凡夫いかか行ぜざらむ。
ただ一心に仏を念ずるゆゑ念に応ず。もし比丘無くは、一心に仏を念ぜよ。かくのごとく、妙経の中に念仏の文多し。これ外に求むべからざるか。
天台大師4)、止観5)の四種三昧の妙行の中に、常行三昧には、口に弥陀を唱へ、心に弥陀を念ぜよ。常座三昧には、西方に向ひて障(さは)り発(おこ)れば念仏す。大師云はく、「十方の仏を称すると功徳正等なり」と。文(もん)に慥(たし)かに、いづれの仏と見えず。
荊渓(けいけい)6)の釈に云はく、「諸教に讃る所、多く弥陀に在り。ゆゑに西方をもつて一准と為す」。常行三昧に、弥陀を唱へ、半行半座、もつぱら請観音経等これを用ひ給ふ。また、「弥陀をもつて法門の主と為す」と釈し給ふ。
しかれば、弥陀の名字無けれども、疑ふべからず。しかも、先より西方に向ひて座せしむ。何ぞ余方の仏を念ぜん。
密宗の口伝、天台は観音の宗なり。弥陀をもつて法門の主となしたまふこと、いよいよその伉(たぐひ)を得たり。大方はただ天台の一宗のみならず。一代の化儀(けぎ)、三世の法則、さだめて弥陀極楽・娑婆有縁(しやばうえん)の仏なり、国なり。異論あるべからず。
華厳経に浄土を説くに、「これより西方に十万億の国を隔てて浄土あり。極楽と名付く。娑婆の一劫をもつて一日一夜とす。それより西方に仏国あり。極楽の一劫をもつて一日一夜とす。(取意)」。かくのごとくして、数十の仏国これあり。古人の云く、「娑婆(しやば)は穢土(ゑど)の終はり、極楽は浄土の始め」。この経文あひかなへり。
また薬師7)に十二の願あり。しかりといへども、「わが土を願(ねが)へ。来迎(らいがう)せん」と云ふ願なし。「八菩薩あり。神通力に乗ず」と説きて、「極楽の行人、その業未だ熟せずは、その道路(みち)を示せ」とて、「極楽の道を示すべし」と説かれたり。
釈迦に五百の願あり。無漏(むろ)の土は釈迦の浄土、また霊山(りやうぜん)浄土これあり。「この両土を願へ。来迎せん」といふ願見えず。
一代顕密の教に、極楽を勧む経論、その説多き。法華8)・起信9)なり。また、普賢10)の十願は菩薩の惣願(そうがん)のごとし。諸仏の長子たり。文殊11)等の菩薩、みなこれに同じ。いかにいはんや、その余の菩薩をや。されば、菩薩の行をば惣じて「普賢の行」といへり。
宝威徳上王(ほうゐとくじやうわう)、仏国の上首(じやうしゆ)の菩薩なり。彼の国、何の不足かあらむ。十願の中の常随仏学の意(こころ)に、願はくはわが命ち終らんと欲す時に臨む等の願、弥陀極楽を願ひ給へり。発願経(ほつがんきやう)に、全く学の五言の偈なり。
願我臨終時(願はくは我れ臨終の時)
尽除諸障碍(尽く諸の障碍を除き)
面見弥陀仏(面(まのあたり)弥陀仏を見たてまつり)
往生安楽国。云々。(安楽国に往生せん。云々。)
金色世界の上首の菩薩なり。彼の国、何の賤(いや)しきことかあらむ。ただこれ娑婆有縁の国なり、仏なり。此の土の衆生、もつとも願ふべきことを示し教へ給ふなるべし。大聖の化儀、誰か信ぜざらんや。
永観の十因に、須弥四域経を引きて、「日月星宿の西へ流れ給ふこと、この土の衆生、極楽を願ひ、生まること、因を示す。四智本尊の讃あり。何の不足かあらむ。しかるに、礼仏名号法則として必ずこれを行ず。これ念仏なり。
翻刻
法華ノ中ノ念仏証拠事 往生要集ノ念仏証拠ノ段ニ木槵子経ノ南無阿弥陀等ノ文ヲ引テ 今ノ経ヲ不引キ用ヒ給ハ先徳ノ意難辨ヘ外ニ不ル可求ム歟方便品ニ以 深信念仏云々又一称南無仏ヲ皆ナ已ニ成仏道コレ証拠也 コトニ十方ノ仏現前ス善哉釈迦文ト讃メ給ヒシ時釈尊餘ノ讃歎ハ ナクテ喜ンデ称シ南無仏ヲ給シ事仏猶念仏シ給フ凡夫尤モ可シ行ス明 拠何レノ経文カ如ン之レニ哉先徳不ルコト引用ヒ頗ル不審也又神力品ニ東 方ノ仏国ニ釈尊ノ妙法ヲ説キ給事通解シテ虚空ニ音声有テ/3-30l
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釈迦ヲ可シ供養シ礼拝ス告ケシ時キ諸ノ天人菩薩餘ノ事無之只向 西方ニ南無釈迦牟尼仏南無釈迦牟尼仏ト唱ヘシ事念仏ノ証拠也仏菩薩 猶ヲ念仏シ給フ事如此ノ凡夫イカカ行ゼザラム但一心ニ念仏ヲ故応 念若シ無クハ比丘一心ニ念セヨ仏ヲ如此妙経ノ中ニ念仏ノ文多シ之レ外ニ 不可求ム歟 ○天台大師止観ノ四種三昧ノ妙行ノ中ニ 常行三昧ニハ口ニ唱ヘ弥陀ヲ心ニ念ゼヨ弥陀ヲ常座三昧ニハ西方ニ向テ 障リ発レハ念仏ス大師云與称スル十方ノ仏ヲ功徳正等也ト文ニ慥ニ何レノ 仏ト不見荊渓ノ釈ニ云ク諸教ニ所讃ル多ク在リ弥陀ニ故ニ以テ西方ヲ而 為ス一准ト常行三昧ニ唱弥陀ヲ半行半坐専ラ請観音経等用ヒ 之ヲ給フ又以弥陀ヲ為スト法門ノ主ト釈給フ然レハ弥陀ノ名字無レトモ 不可疑フ而モ先ヨリ西方ニ向テ令坐セ何ンソ念セン餘方ノ仏ヲ密宗ノ口 伝天台ハ観音ノ宗也以弥陀ヲ為シ法門ノ主ト給事弥得タリ其ノ伉イ/3-31r
大方ハ只天台ノ一宗ノミナラス一代ノ化儀三世ノ法則定テ弥 陀極楽娑婆有縁ノ仏也国也不可有ル異論華厳経ニ浄土ヲ 説クニ自リ此レ西方ニ隔テテ十万億ノ国ヲ有リ浄土名ク極楽ト以テ娑婆ノ一 劫ヲ為一日一夜ト自リ其西方ニ有仏国以テ極楽ノ一劫ヲ為一日 一夜ト取意如此シテ数十ノ仏国有リ之レ古人ノ云ク娑婆ハ穢土ノ終リ 極楽ハ浄土ノ始メ此経文相ヒ叶ヘリ又薬師ニ有十二ノ願雖ヘトモ然リト我カ 土ヲ願ヘ来迎セント云フ願ナシ有八菩薩乗神通力ト説テ極楽ノ 行人其ノ業未熟セ示其ノ道路ヲトテ極楽ノ道ヲ示スヘシト説レタリ 釈迦ニ五百ノ願アリ無漏ノ土ハ釈迦ノ浄土又霊山浄土有之 此ノ両土ヲ願ヘ来迎セントイフ願不見エ一代顕密ノ教ニ極楽ヲ ススム経論其説多キ法華起信也又普賢ノ十願ハ菩薩ノ 惣願ノ如シ諸仏ノ長子タリ文殊等ノ菩薩皆同之何ニ況ヤ其ノ/3-31l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/31
餘ノ菩薩ヲヤサレハ菩薩ノ行ヲハ惣シテ普賢ノ行トイヘリ宝威徳 上王仏国ノ上首ノ菩薩也彼ノ国何ノ不足カ有ラム十願ノ中ノ 常随仏学ノ意ニ願ハ我臨ム欲命チ終ラント時ニ等ノ願弥陀極楽ヲ願ヒ給ヘリ 発願経ニ全ク学ノ之五言ノ偈也 願ハ我レ臨終ノ時尽除諸ノ障 碍ヲ面見弥陀仏ヲ往生安楽国ニ云々金色世界ノ上首ノ菩薩 也彼ノ国何ノ賤シキコトカアラム只是娑婆有縁ノ国也仏也此ノ土ノ 衆生尤モ可キ願フ事ヲ示シ教ヘ給フナルヘシ大聖ノ化儀誰カ不ラン信セ哉 永観ノ十因ニ須弥四域経ヲ引テ日月星宿ノ西ヘ流レ給フ事此ノ 土ノ衆生極楽ヲ願ヒ生ル事因ヲ示四智本尊ノ讃アリ何ンノ不 足カアラム然ルニ礼仏名号法則トシテ必ス行ス之ヲ是レ念仏也/3-32r
