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text:zotanshu:zotan06-03

雑談集

巻6第3話(45) 大樹の譬の事

校訂本文

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遺教経(ゆいけうきやう)は御入滅の日の中夜(ちゆうや)の説、最後の御遺誡(ごゆいかい)なり。愚俗なほ父母(ぶも)の遺言(ゆいごん)を忘れずしてこれを重んず。釈子たらん人、本師の御遺言もつともこれを重んずべし。しかるに、仏子の数に列(つらな)り、利養はみな分に随(したが)てこれを用ゆ。聖教を学する人も、多く名利(みやうり)の媒(なかだち)たるゆゑか。御遺誡を仰せて、解脱(げだつ)の道に入らんと思ふ輩(ともがら)、世にもつとも希(まれ)なり。諸寺の僧俗見る人、なほ希なり。より行ずること、いよいよ得難きか。

愚老も遁世の後、始めて読誦し講を聞く人侍りき。まことに肝要(かんえう)の御遺言なり。その中の形に、「大樹の衆鳥(しゆてう)集めて枯折(こせつ)の患(うれ)へあるごとく、弟子・眷属(けんぞく)多ければ、自行の障りたり。己家(こけ)・他家(たけ)を棄て、閑静(げんじやう)の処(ところ)にして、もつぱら行ふべし。(取意)」。このこと、経を披(ひら)いて、惑心(わくしん)の思ひありながら、瑜伽論(ゆがろん)の中の、三類の菩薩の中に、智増(ちぞう)よりも悲増(ひぞう)を菩薩の本(もと)にせり。

釈尊1)・地蔵2)、すなはちその本跡(ほんじやく)なり。このこと相似ながら、穢土の菩薩行、習ひたく侍るままに、一筋に浄土の浄業、もしは独住(どくぢゆう)の行をもつぱらすることなく、なまじひに伝法の志ありて、弟子・門徒少々教へ導き、無縁の寺には住持し侍ること多年、澆風(げうふう)の扇(あふ)ぐところ、如法の同宿(どうじゆく)無きかごとし。始めは持ち、後に捨つる輩(ともがら)のみ多し。伝灯(でんどう)の志、いまだこれを遂げず。全分(ぜんぶん)に無にては侍らず。少の無に属すと云ふ分なり。老いて平生の事業、非を知ることにて、盛年(じやうねん)の齢に、樹下石上(じゆげせきじやう)にしても修行して、自行を熟(じゆく)すべかりけると、後悔すれども益なし。同法(どうぼふ)・下部(しもべ)等扶持(ふち)すること、益はなはだ少なく失多きか。

弟子・眷属(けんぞく)多ければ、いよいよわが要に立たず。律の中に、「弟子一人あれば、水瓶(すいびやう・すいびん)に水満ち、二人あれは水半ばなり。三人あれば、水瓶を打ち破(わ)る」と云へり。水瓶破らるるまでのことは侍らねども、多の時は水も入らず。寄り合ひて雑談(ざふたん)闘諍(とうじやう)し、食物は多く入り、要事(えうじ)には少しも立たず。このこと、年闌(た)けて、次第に仏の言を思ひ出でて、同法多く伴はず存せり。

涌出(ゆじゆつ)の菩薩の中に、六万恒沙の眷属、乃至(ないし)次第に減じて、単己無眷属(たんごむけんぞく)の菩薩おはしけり。これ菩薩の意楽(いげう)、ことに徳行の浅深(せんじん)顕なるか。愚老が徳行、智恵の弟子、教学扶持力ことにかたかるべし、

単己無眷属(たんこむけんぞく)の楽遠離行(げうをんりぎやう)の菩薩の儀、まめやかに心中に学びたく侍る。幼少より病体、気力・形儀(ぎやうぎ)弱くして、独行の志とげがたし。分身の諸仏だに、ただ一菩薩を侍者(じしや)とし給へり。徳なく愚鈍の身、いかがとも両三人に及ばむと思ひ侍り。貧乏の寺の作法、自然に大斎(だいさい)あれば、下部等打ち合はせて八九十人、怱々として市のごとし。召し仕ふ時は一人もなくして、寂々(じやくじやく)として山中に似たり。させる道心はなくして、貧家の因縁に、遁世の形なる無縁の僧多く、下部等の小童部(こわらんべ)、不忠の徒(ともがら)多く扶持し侍り。利益には似たれども、いたつらに珍物(ちんぶつ)をつひやし、むなしく自行を礙(さ)ふ。朝夕にうち捨てたく侍りながら、八旬の老病の体(すがた)、深き山にも栖(す)むことあたはず、弥陀の行もかなはず、御遺誡に違すること悲しく侍るにや。

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  大樹の譬の事
遺教経は御入滅の日の中夜の説最後の御遺誡也愚俗猶父/3-32r
母の遺言を忘れずして重んす之を釈子たらん人本師の御遺言尤も可重んす
之然るに仏子の数に列り利養は皆な随て分用ゆ之を聖教を学する人も
多く名利の媒たる故か御遺誡を仰て解脱の道に入覧と思ふ輩から世に
尤も希也諸寺の僧俗見る人猶希也依り行する事弥難き得歟
愚老も遁世の後始て読誦し講を聞人侍りき実に肝要の御
遺言也其の中の形に大樹の衆鳥集て枯折の患へ有る如く弟子
眷属多けれは自行の障りたり己家他家を棄て閑静の処にして専ら
可行取意此の事経を披て惑心の思有なから瑜伽論の中の
三類の菩薩の中に智増よりも悲増を菩薩の本にせり釈尊地
蔵即其本跡也此事相似なから穢土の菩薩行習たく侍る
ままに一すちに浄土の浄業もしは独住の行を専する事なくなましいに
伝法の志有て弟子門徒少々教へ導き無縁の寺には住持し侍る事/3-32l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/32

多年澆風の所扇く如法の同宿如無きか始は持後に捨る輩のみ多し
伝燈之志未た遂げ之を全分に無にては侍らす少の属すと無に云分也老ひて
平生の事業非を知る事にて盛年の齢に樹下石上にしても修行して自
行を熟すへかりけると後悔すれとも無益同法下部等扶持する
事益甚た少く失多き歟弟子眷属多けれは弥よ我か要に不す立
律の中に弟子一人有れは水瓶に水満ち二人有れは水半也三人
有れは水瓶を打破ると云へり水瓶破らるるまての事は侍らねとも
多の時は水も不入寄合て雑談闘諍し食物は多く入り要事には
少も立す此の事年闌て次第に仏の言を思出て同法多く不伴は存
せり涌出の菩薩の中に六万恒沙の眷属乃至次第に減して単己
無眷属の菩薩をはしけりこれ菩薩の意楽ことに徳行の浅深顕なる
歟愚老か徳行智恵の弟子教学扶持力ことにかたかるへし単/3-33r
己無眷属の楽遠離行の菩薩の儀まめやかに心中に学ひたく侍る
自り幼少病体気力形儀よはくして独行の志しとけかたし分身の
諸仏たに只一菩薩を侍者とし給へり無く徳愚鈍の身いかか伴
両三人に及ばむと思侍貧乏の寺の作法自然に大斎あれは下部
等打合て八九十人怱々として市の如し召し仕ふ時は一人もなくして
寂々として山中に似たりさせる道心はなくして貧家の因縁に遁世の
形なる無縁の僧多く下部等の小童部不忠の徒ら多く扶持し
侍り利益には似たれともいたつらに珎物をついやし空しく自行を
礙ふ朝夕に打捨たく侍りなから八旬の老病の体深山にも不能
栖こと弥陀の行もかなはす御遺誡に違する事かなしく侍るにや/3-33l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/33

1)
釈迦
2)
地蔵菩薩
text/zotanshu/zotan06-03.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa