巻4第2話(25) 瞋恚(しんい)の重障(ぢうしやう/おもきさはり)たる事
校訂本文
三毒1)は根本の煩悩なり。いづれもとりどりに重しと云ひながら、愚痴はただ愚かなる迷情、愛欲はおのづから慈悲に似たることもあれば、すこし益(やく)ある方もあり。妻子をいとほしく思ふ心も、その性、慈悲と同じき義分(ぎぶん)あり。
瞋恚(しんい)は一向物を損ずる心。益あるべからず。されば、「愛順大悲(あいじゆんだいひ)、故罪為劣(こざいゐれつ)」と云へる、この意なり。
瞋(いかり)の過(とが)はもつとも重きなり。経に、「諸(もろもろ)の障道(しやうだう)の中(うち)に、不信と瞋恚ともつとも重し。不信は現在・未来を作(な)すべき善根を作さず。瞋恚は過去・現在の善根を滅す」と云へり。経に云はく、「一念の瞋火(しんくわ)は、倶胝劫(くていこふ)の善根の薪を焼く。また云はく、「百千障の門を開く」。また云はく、「功徳を劫(おびやか)す賊、瞋恚に過たるはなし。云々」。
世間に学問せざる人、知らざることあり。法相の法門なり。大煩悩(だいぼんなう)と云ふは、瞋恚等の六つなり。随煩悩(ずいぼんなう)と云ふは、忿恨(ふんこん)等ともあり。忿と云ふは、杖を取り、色損じ、怒れる時の形なり。これは常の人の思ふには、恐しく思へり。ただ、ちと心の底に嫌(きら)はしく、悪しき心をば浅く思へり。煩悩の軽重(きやうぢゆう)は、断惑の時の能治(のうぢ)の知恵をもて知るべきことなり。
忿恨等の麁(あら)き心は、断じ易く、厭悪(えんあく)の微細(みさい)なるは、実(じつ)に治し難し。されば、心中の悪念は、煩悩の根なり。縁にあひて怒(いか)れる麁(あら)き心は浅し。随煩悩なり。世間におだしきやうなる人の、心の底に思ひそみたる恨みは、すべて忘れがたし。立腹(りつふく)の人の恐しきは、やがて息(や)むもやすし。あやまて後には、慈悲に住することあり。もしは、染み物は少しあれども落ちがたし。にはかに付きたる汚れは落ちやすし。2)
下野の薬師寺の長老密厳(みつごん)故上人は、天台・東寺両流の真言、顕密の学生(がくしやう)にて随分の名人なり。彼も立腹の上人なり。われと語られしは、重代(ぢゆうだい)して召し仕ふ下法師(しもほふし)、不得心(ふとくしん)の者なり。慈猛(じみやう)が、「ほかにあはれむべき人なし」と思ひて召し仕ひ侍るが、ある人のもとへ行きて説戒することのありしに、力者(りきしや)にて侍りしが、人多く聴聞する庭にて、酒に少し酔(ゑ)ひて、聴衆(ちやうじゆ)の中にて瞋恚の過(とが)を説戒するを聞きて、「や、聴き給へ。僧はあれ体(てい)にのたまへども、ま少し腹は悪しくおはするぞ。夏は大豆(まめ)打ち通すほどの帷(かたびら)一枚3)、冬は網のやうなる小袖一つ賜びて、蓼(たで)をするやうにせせるぞ」と云ふに、同僚、「いかにかくは」と制すれば、「さてさなきことか」と高声(かうじやう)に云ふほどに、なかなか云ふに及ばず、慈猛信じたる尼公ども聴聞して、「あの法師、御伴(おんとも)に召し具したるは、御恥にて候ふなり」と云ふ間、「後に具せじ」と云へば、「力者にてこそ、飯酒(はんしゆ)も用ゐるほどに、いまはさやうの事申し候はじ」と、たいばうすれば、「さては」とて具すれば、たびごとに悪口(あつく)するよし、上人の物語に承り侍りしことなり。
同じ煩悩ながら、愛欲の心は油・垢のごとし。染(そ)みやすく、落ちがたく、除きがたき煩悩なり。瞋恚は荒く恐しながら、よくよく聖教の理、対治の薬を思ひ染めしめれば、さすが治しやすし。これも涅槃経の説には、「瞋恚は石に彫(ゑ)れる文のごとしひとし4)。慈悲は水に書く文字(もんじ)のごとし」と云へり。いづれも三毒は除きがたし。
愚老も立腹の者なりしが、聖教の道理年久しく、薫修(くんじゆ)の故、ことのほかに闌(た)けて薄くなれば、ことに病中に看病者を恨みせぬ、腹立たじと、心中誓願ありし後は、凡夫なれば後は知りがたし。多年看病者にあひて腹立つことなし。わが身、師匠、もしは同法(どうぼふ)の看病せぬ者の憂きことなり。さる身にては、いかが人を呵責し恨みなどすべき。かつうは、ただ今死に別れて、いづれの道にか生まれ、いかなる形にかなるべかるらん。一室の同法となれり。名残りこそ惜しむべきことなれ、腹立ちてにはかにも死し別れんこと、本意(ほい)なく情けなし。
昔、一念の瞋恚に毒蛇となることありけり。看病者、扇を面(おもて)に落しかけたるゆゑと云へり。
瞋恚の対治の法多し。少々これを記す。
一切衆生に皆仏性あり。真実には仏のごとし。煩悩の鬼(き)に悩まされて、もろもろの悪行ありて、わがため仇(あた)たることあり。本性にこのことなし。譬へば、病者の狂はしくして、医師を罵(の)り打ちなどせんをば、物に心得たらむ医師、罵り返すべからず。慈悲に住して療治すべし。かれか愚かなる心を憐れむべし。いかが、われまた狂ひあはむ。このこと道理分明(だうりぶんみやう)なり。
悪縁にあひて忍辱(にんにく)の行は、その功大いなり。されば、わがため悪しきは、わが忍行を勧むる知識なり。一切のこと、みなわが先業(せんごふ)の感ずるところなり。輪王の七宝、人の志にあらず、恩にもあらず、先世の十善の感ずるところなり。されば、十悪の感ずるところ、しかしながら、我が招くところなり。人の過(とが)にあらず。
昔、親のため不孝の報ひに、不孝の子をまうけ、主(しゆ)のため不忠の報ひに、悪しき眷属(けんぞく)にあへり。西施(せいし)江(え)を愛し、嫫母(ぼも)が鏡を嫌ひし譬へのごとく、形は善悪の因(いん)のごとし。影は苦楽報のごとし。「何事とも、わが業因に酬(こた)へたり」と思はば、あながちに人を恨み怒(いか)るべからず。
また、わがため悪(わろ)き人は、厭離穢土の知識なり。昔、韋提希(ゐだいけ)5)、浄土の門を開きしこと、闍王(じゃわう)の悪縁により、釈尊6)の成道も、提婆(だいば)の知識に酬へたり。みな怨(あた)はなかなか知識たり。善き人返りて愛習あれは、流転(るてん)の縁なり。書に云はく、「我か悪を言ふ者はわが師。我か好を言ふ者は賊なり。(取意)」。
このこと、よくよく思ひ解けて用心せば、あながちに重き瞋恚あるべからず。これ随分の自己の法門なり。ただ義分(ぎぶん)にあらず。
二十三歳の時、祖母尼公(うばにこう)、教訓のこと侍りし。退ひて存(ぞん)するに善知識なり。舎弟琵琶引いて侍りしに、ちと琵琶を習うて引き侍りしを聞きて、「あの御房が法師ながら仏法をば学行せで琵琶引く」と後言(うしろごと)に申すよし承りて、やかて打ち棄てて、法華経読誦して侍りし。不断念仏堂建立し、供料(くれう)などしをきて侍り。今に退転なく侍り。堂の庭の草取るとて、「や、御房。この草取れ。律の中(うち)に、『堂の庭の草除く、五つの 功徳あり』と申し候ふ」。後に律を学して見侍れば、まことにさること侍りけり。「わ御房は法師なりとも、尼ほどは物は知らじ」と申して、法門を申し侍りし。そのころは、げに知り侍らざりし。律学をして思ひ合はせ侍りき。律の中に五つの功徳これあり。
翻刻
瞋恚ノ重障タル事 三毒ハ根本ノ煩悩也何レモトリトリニ重シト云ヒナカラ愚痴ハタタ ヲロカナル迷情愛欲ハ自慈悲ニ似タル事モアレハスコシ益アル方モ アリ妻子ヲイトヲシク思フ心モ其ノ性慈悲ト同シキ義分アリ/2-26l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/26
瞋恚ハ一向物ヲ損スル心益アルヘカラスサレハ愛順大悲故罪為 劣ト云ヘル此ノ意也瞋ノ過ハ尤重キ也経ニ諸ノ障道ノ中ニ不信ト瞋 恚ト尤モ重シ不信ハ現在未来ヲ可キ作ス善根ヲ不作サ瞋恚ハ過去 現在ノ善根ヲ滅スト云ヘリ経ニ云ク一念ノ瞋火ハ焼ク倶胝劫ノ善 根ノ薪ヲ又云ク百千障ノ門ヲ開ク又云劫ス功徳ヲ賊無シ過タルハ瞋恚ニ云々 世間ニ不学問セ人不ル知ラ事アリ法相ノ法門也大煩悩ト云ハ 瞋恚等ノ六也随煩悩ト云ハ忿恨等共有リ忿ト云ハ杖ヲ トリ色損シイカレル時ノ形チ也コレハ常ノ人ノ思フニハヲソロシク思ヘリ 只チト心ノ底ニ嫌ハシク悪キ心ヲハ浅ク思ヘリ煩悩ノ軽重ハ断 惑ノ時ノ能治ノ知恵ヲモテ可知ル事也忿恨等ノ麁キ心ハ易ク断ジ 厭悪ノ微細ナルハ実ニ難シ治シサレハ心中ノ悪念ハ煩悩ノ根也縁ニ アヒテイカレル麁キ心ハ浅シ随煩悩ナリ世間ニヲタシキヤウナル/2-27r
人ノ心ノ底ニ思ソミタル恨ミハスヘテ忘レカタシ立腹ノ人ノヲソロシキ ハヤカテ息モヤスシアヤマテ後ニハ慈悲ニ住スル事アリモシハシミ 物ハスコシアレトモ落チカタシ俄ニツキタルケカレハ落チヤスシ ○下野ノ薬師寺ノ長老密厳故上人ハ天台東寺両流ノ真言 顕密ノ学生ニテ随分ノ名人也彼モ立腹ノ上人也我レト語ラレ シハ重代シテ召シ仕フ下法師不得心ノ者ノ也慈猛カ外ニアハレムヘキ人 ナシト思ヒテ召シ仕ヒ侍ルカ或人ノ許ヘ行テ説戒スル事ノアリシニ力 者ニテ侍シカ人多ク聴聞スル庭ニテ酒ニスコシ酔ヒテ聴衆ノ中ニテ 瞋恚ノ過ヲ説戒スルヲ聞テヤ聴タマヘ僧ハアレ体ニノ給ヘ トモマスコシ腹ハアシクヲハスルソ夏ハ大豆打トヲス程ノ帷一牧 冬ハアミノ様ナル小袖一ツタビテ蓼ヲスルヤウニセセルソト云ニ 同僚イカニカクハト制スレハサテサナキ事カト高声ニ云程ニ/2-27l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/27
中々云ニ不及ハ慈猛信ジタル尼公トモ聴聞シテアノ法師御伴ニ 召シ具シタルハ御恥ニテ候也ト云アイタ後ニ具セジト云ハ力者 ニテコソ飯酒モ用ル程ニイマハサヤウノ事申候ハシトタイバウ スレハサテハトテ具スレハタビゴトニ悪口スルヨシ上人ノ物語ニ承 侍シ事也同シ煩悩ナカラ愛欲ノ心ハ油垢ノ如シ染ヤスク落チ カタク除キカタキ煩悩也瞋恚ハアラクヲソロシナカラ能々聖 教ノ理対治ノ薬ヲ思染シメレハサスカ治シヤスシコレモ涅槃経ノ 説ニハ瞋恚ハ石ニエレル文ノ如シヒトシ慈悲ハ水ニカク文字ノ如シト 云ヘリ何レモ三毒ハ除キカタシ愚老モ立腹ノ者ナリシカ聖教ノ 道理年久ク薫修ノ故事ノ外ニ闌テウスクナレハコトニ病中ニ 看病者ヲ恨セヌ腹タタシト心中誓願有シ後ハ凡夫ナレハ 後ハ難シ知リ多年看病者ニ相テ腹立ツコトナシ我ガ身師匠若シハ/2-28r
同法ノ看病セヌ者ノウキ事也サル身ニテハイカカ人ヲ呵責シ 恨ミナトスヘキ且ハ只今死ニ別レテイツレノ道ニカ生レイカナル形ニカ 成ヘカルラン一室ノ同法トナレリナコリコソヲシムヘキ事ナレ腹立テ 俄ニモ死シ別レン事ホヒナクナサケナシ昔シ一念ノ瞋恚ニ毒蛇ト ナル事アリケリ看病者扇ヲ面ニ落シカケタル故ト云ヘリ瞋恚ノ 対治ノ法多シ少々記ス之ヲ ○一切衆生皆有仏性真 実ニハ如仏ノ煩悩ノ鬼ニナヤマサレテ諸ノ悪行有テ我タメアタタル 事アリ本性ニ此ノ事ナシ譬ハ病者ノ狂ハシクシテ医師ヲ罵打チナト センヲハ物ニ心得タラム医師罵返スヘカラス慈悲ニ住シテ療治ス ヘシカレカヲロカナル心ヲアハレムヘシイカカ我又クルヒアハム此ノ事 道理分明ナリ ○悪縁ニアヒテ忍辱ノ行ハ其ノ功大イ也 サレハ我タメアシキハ我カ忍行ヲススムル知識也/2-28l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/28
○一切ノ事皆我カ先業ノ感ズル処也輪王ノ七宝人ノ志ニアラス 恩ニモアラス先世ノ十善ノ所感也サレハ十悪ノ所感併我ガ所招ク 也人ノ過ニアラス昔親ノタメ不孝ノ報ニ不孝ノ子ヲマフケ主ノ タメ不忠ノ報ニアシキ眷属ニ相ヘリ西施江ヲ愛シ嫫母カ鏡ヲ キラヒシ譬ノ如ク形ハ善悪ノ因ノ如シ影ハ苦楽報ノ如シ何事モ 我カ業因ニ酬ヘタリト思ハハアナカチニ人ヲ恨ミイカルヘカラス又我カ タメワロキ人ハ厭離穢土ノ知識也昔韋提希浄土ノ門ヲ開キシ 事闍王ノ悪縁ニヨリ釈尊ノ成道モ提婆ノ知識ニ酬ヘタリ 皆ナ怨ハ中々知識タリヨキ人返テ愛習アレハ流転ノ縁也書ニ云ク 言フ我カ悪ヲ者ノハ我カ師言フ我カ好ヲ者ノハ賊ナリ取意此ノ事能々思ヒ解ケテ 用心セハアナカチニ重キ瞋恚アルヘカラスコレ随分ノ自己ノ法門 也只非義分ニ二十三歳ノ時祖母尼公教訓ノ事侍シ退テ/2-29r
存スルニ善知識也舎弟琵琶引テ侍シニチト琵琶ヲ習フテ引キ 侍シヲ聞テアノ御房カ法師ナカラ仏法ヲハ学行セテ琵琶引ト 後言ニ申ヨシ承テヤカテ打棄テ法華経読誦シテ侍シ不断 念仏堂建立シ供料ナトシヲキテ侍リ今ニ無ク退転侍リ堂ノ 庭ノ草取ルトテヤ御房コノ草トレ律ノ中ニ堂ノ庭ノ草除ク五ノ 功徳有ト申候後ニ律ヲ学シテ見侍レハ実ニサル事侍リケリ ワ御房ハ法師ナリトモ尼ホトハ物ハシラシト申テ法門ヲ申 侍シ其ノ比ハゲニ不リ知侍ラシ律学ヲシテ思合侍キ律ノ中ニ五ノ功徳有之/2-29l
