巻3第3話(21) 阿育大王の事
校訂本文
阿育王(あいくわう)、仏の在世に、童子にて土遊びしけるに、仏の御鉢(みはち)に土を麨(しよう)1)と名付けて供養したる果報、滅後百年に鉄輪王(てつりんわう)となりて、南閻浮提(なんえんぶだい)の王たり。鶏雀寺(けいじやくじ)の六万の羅漢を常に請じて供養せられけるに、ある時、長老耶舎(やしや)、上座(じやうざ)を留(と)めて座せず。王、不審し給ひければ、「われより上座の僧おはすべし」と答へける。
さるほどに、如法老々たる僧の眉毛地に垂れたる、座し給へり。賓頭盧尊者(びんづるそんじや)なり。王、ことに美膳を調(ととの)へて供養し給へるに、人間(にんげん)の物久すく服(ぶく)せず。ことの外に気味なし。劫初(ごふしよ)の粳米(かうべい)、金輪際(こんりんざい)にあるを、手長く伸べ2)取り給ひて、一盞(いつさん)ばかり王にすすめ給ひけり。「気味殊勝にして、多日飢ゑず。在世の水は酥(そ)のごとし」と云へり。
泉涌寺(せんゆじ)の申ししは、「舎利弗(しやりほつ)の一摶食(いつたんじき)のことを、律に、『一摶の食を水をもつてこれを足す』と云へり。五穀水味殊勝にして人の器(き)強き昔は、もつともしかるべし。今の末世には、人弱く五穀また気味なし。持斎しがたかるべし。四・五度も食すべし」と。この義、耳よりなり。
鑑真和尚、日本へ渡り給ひたりし昔は、寺々ただ一食(いちじき)にて、朝食(あさげ)一度しけり。次第に器量弱くして、非時(ひじ)と名付けて、日中に食し、後には山3)も奈良も三度食す。夕べのおば「事(こと)」と山には云へり。未申(ひつじさる)の時ばかりに非時して、法師ばら坂本へ下りぬれば、夕方寄り合ひて、「事」と名付けて、われわれ世事して食すと云へり。
依正(えしやう)の二報、末世には次第に弱し。天王寺・法隆寺は、太子の御建立七百余歳いまだ朽ちず。近代の寺は、三・四十年に朽損(きうそん)す。
文覚坊、三十余日食はず、船の中にして行法しける。伊豆の大島へ流さる時のことなり。今の世の人、在家・出家次第に器(き)劣(おとろ)ふなり。在世なほ人の器不同なり。
上根の本には面王比丘(めんわうびく)、生まるる時より、白氎(はくでふ)を着(ちやく)して生まれて、その氎(けぬの)、成長(せいぢやう/ひととなる)すれば長くなりけり。出家してはただ一衣なり。余衣なし。
最下根に天須菩提なり。五百生天に生じて果報殊勝なりけるが、出家し寺に住す。住処(ぢゆうしよ)・衣食(えじき)、心にかなはず。これに堪へずして還俗(げんぞく)せむとす。阿難、仏にこのよしを申すに、「王宮の衣食・荘厳(しやうごん)の具を借りて、一夜留(と)めよ」と仏勅あり。よつて、阿難、勅のごとく一夜留む。住処心にかなひ、衣食殊勝にして、心喜悦し、身安穏にして、一夜座禅して初果を得たり。
されば、道を得べくは、衣食は道のためなり。何物も食せしめよ云々。王宮の食おぼつかなし。律の中にこれあり。ただし、われらが心操(こころばへ)、道行は如法ならで、衣食はほしく侍り。
道心は梯(はし)を立ててもおよべぬに天須菩提の跡ぞまねたき
実なくて跡ばかり似たるわが身をば犬天須菩提とや云ふべかるらん
昔、江州に、道心ある隠者ありけり。人の施(せ)は畏(おそ)れて、いたづらに野山に死にたる獣を食して、行水して、夜もすがら法華経読みけるが、死期覚えて、めでたく臨終したりと、古き物語にこれあり。善悪はただ意(こころ)にあるべし。
禅林寺の僧正4)、宇治殿5)へ、「宝蔵の破れて候ふ。修理(しゆり)してたび給へ」と申されたりければ、御使ありて、「破壊(はゑ)の分見て、材木なんど用意せよ」と仰せられたりければ、僧正、「無下に不覚にましますものかな。かくては御後見はいかでかせさせ給ふべき」と申されけり。御使、皈(かへ)りて「しかじか」と申す。御心得なかりけるに、古き女房の、「あはれ、御服薬(ごぶくやく)やと覚え候ふ」と申しければ、「さもあるらん」とて、種々の物調じて進(まゐ)らせられたりければ、「これにて宝蔵よくよく修理し候ふべき」と申されける。わが身を宝蔵と申されたるなるべし。古物語にあり。
南都の永超僧都、人の癖(くせ)にて、魚(うを)なければ食せず。公請(くじやう)行ひて、久しく精進し、身損じたりけり。下向の時、丈六堂にて昼の破子の時、弟子の僧、里に行きて、ある家に魚を乞ふて勧めてけり。その里におしなべて疫病を病みけるに、他(た)の家の主(あるじ)が夢に、疫病の神、「この家、僧都の御房に贄(にえ)参らせたる家なり。注(ちゆう)し残せ」とて、家の中に一人も病まざりけり。南都へ参じて、このことを悦び申しければ、被物(きるもの)一重(ひとかさね)給ひてけり。(古事談にこれあり。)6)
南都のある高僧、服薬しければ7)、弟子の僧、不受のことに思ひけるを見て、「水瓶(すいびん)の腹の破(やぶ)れたるを、木か竹かにてつくろへ」と云ふに、「金にてこそつぎ候はめ。いかが木なんどにてはつぎ候はんや」と云へば、「わが身も肉が損じたれば、肉にて治すべし」と云ひけると云へり。
聖武天皇、東大寺御建立ありて、三面の僧房に学問する僧の、夜中に田舎(でんじや)の夫(ぶ)の形に御身をやつし、蓑着給ひて御覧じけるに、ある僧、「明日より後はいかがすべき」と歎ききけり。さしのぞきて、「何事を御歎きある」と問ひ給へば、「この日ごろ、鮭の頭(かしら)をねぶりねぶりして学問しつるが、ねぶり尽したり」と云ふ。「など」と問ひ給へば、「鮭は目の眠(ねぶ)られぬ物にて、頭(かしら)をねぶりねぶりして、目を覚まして学問しつる」と云ひけり。さて、越前に鮭の庄とて、鮭とる庄御寄進ありけり。
これ学問のためなり。悪事なれども、仏法の光勝(すぐ)れぬれば、小悪を消す徳あるべし。おほかた過なきにはあらず。仏法の光に隠るべきゆゑなり。星の光は月に隠れてかすかに、月の光は日に覆はれて明かならず。かくのごときの仏法の妙(たへ)なること、国王も感じ、鬼神も敬ふなるべし。食肉過(とが)なしと思はば、これ邪見なり。おほかた鬼道に落つべき業(ごふ)なるべし。怖るべし、怖るべし。楞伽8)・涅槃9)等の諸経の中には、大きに制せり。
翻刻
阿育大王ノ事 阿育王仏ノ在世ニ童子ニテ土遊シケルニ仏ノ御鉢ニ土ヲ麨ト/2-9r
名ケテ供養シタル果報滅後百年ニ鉄輪王ト成テ南閻浮提ノ 王タリ鶏雀寺ノ六万ノ羅漢ヲ常ニ請シテ供養セラレケルニ或時 長老耶舎上座ヲ留テ不坐セ王不審シ給ケレハ我ヨリ上座ノ 僧御坐ヘシト答ケルサル程ニ如法老々タル僧ノ眉毛地ニタレタル 坐シ給ヘリ賓頭盧尊者也王コトニ美膳ヲ調エテ供養シ給ヘルニ 人間ノ物久不服セ事ノ外ニ気味ナシ劫初ノ粳米金輪際ニ 有ルヲ手長ク申ヘ取リ給テ一盞ハカリ王ニススメ給ケリ気味殊 勝ニシテ多日不飢エ在世ノ水ハ如シト酥ノ云ヘリ泉涌寺ノ申シハ舎 利弗ノ一摶食ノ事ヲ律ニ一摶ノ食ヲ水ヲ以テ足スト之ヲ云ヘリ五 穀水味殊勝ニシテ人ノ器強キ昔ハ尤モ可然ル今ノ末世ニハ人 弱ク五穀又気味ナシ持斎シカタカルヘシ四五度モ食スヘシト此ノ 義耳ヨリ也鍳真和尚日本ヘ渡リ給タリシ昔シハ寺々只一/2-9l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/9
食ニテ朝食一度シケリ次第ニ器量弱クシテ非時ト名テ日中ニ 食シ後ニハ山モ奈良モ三度食ス夕ノヲハ事ト山ニハ云ヘリ未申ノ 時ハカリニ非時シテ法師原坂本ヘ下リヌレハ夕方寄合テ事ト 名テ我々世事シテ食スト云ヘリ依正ノ二報末世ニハ次第ニ弱シ 天王寺法隆寺ハ太子ノ御建立七百餘歳未朽近代ノ 寺ハ三四十年ニ朽損ス文覚坊三十餘日不食船ノ中ニシテ行 法シケル伊豆ノ大嶋ヘナカサル時ノ事也今ノ世ノ人在家出家次 第ニ器劣フ也在世猶人ノ器不同也上根ノ本ニハ面王比丘生ルル 時ヨリ白氎ヲ著シテ生レテ其ノ氎成長スレハ長ク成リケリ出家シテハ 但一衣也餘衣ナシ最下根ニ天須菩提也五百生天ニ生シテ 果報殊勝ナリケルカ出家シ寺ニ住ス住処衣食心ニ不叶ハ是ニ 不シテ堪エ還俗セムトス阿難仏ニ此由ヲ申ニ王宮ノ衣食荘厳ノ/2-10r
具ヲ借テ一夜留ヨト仏勅アリ仍テ阿難如ク勅ノ一夜留ム住処心ニ 叶ヒ衣食殊勝ニシテ心喜悦シ身安穏ニシテ一夜坐禅シテ初 果ヲ得タリサレバ道ヲ得ベクハ衣食ハ道ノタメ也何物モ令メヨ食セ 云云王宮ノ食ヲホツカナシ律ノ中ニ有之但シ我等カ心操道行ハ 如法ナラテ衣食ハホシク侍リ 道心ハ梯ヲ立テモヲヨハヌニ天須菩提ノ跡ソマネタキ 実ナクテ跡バカリ似タルワカ身ヲハ犬天須菩提トヤ云ヘカルラン ○昔江州ニ有ル道心隠者アリケリ人ノ施ハ畏テイタヅラニ野 山ニ死タル獣ヲ食シテ行水シテ夜モスカラ法華経ヨミケルカ死期 覚ヘテ目出度臨終シタリト古キ物語ニ有之善悪ハ只意ニ アルヘシ ○禅林寺ノ僧正宇治殿ヘ宝蔵ノ破テ候修理シテ タビ給ヘト被申サタリケレハ御使有テ破壊ノ分見テ材木ナント/2-10l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/10
用意セヨト仰ラレタリケレハ僧正無下ニ不覚ニ御坐モノカナ カクテハ御後見ハイカテカセサセ給フヘキト申サレケリ御使皈テ シカシカト申御心得ナカリケルニフルキ女房ノアハレ御服薬ヤト 覚ヘ候ト申ケレハサモアルラントテ種々ノ物調シテ進セラレタリケレハ 是ニテ宝蔵ヨクヨク修理シ候ヘキト申サレケル我カ身ヲ宝蔵ト 申サレタルナルヘシ古物語ニアリ ○南都ノ永超僧都人ノ 癖ニテ魚無レハ不食セ公請行テ久ク精進シ身損シタリケリ下 向ノ時丈六堂ニテ昼ノ破子ノ時弟子ノ僧里ニ行テ或家ニ魚ヲ 乞フテススメテケリ其ノ里ニヲシナヘテ疫病ヲヤミケルニ他ノ家ノ主ガ 夢ニ疫病ノ神此ノ家僧都ノ御房ニ贄マヒラセタル家也注シノ コセトテ家ノ中ニ一人モヤマサリケリ南都ヘ参シテ此事ヲ悦ビ申 ケレハ被物ノ一重給テケリ(古事談ニ/有之)南都ノ或ル高僧服薬シ/2-11r
ケレハ弟子ノ僧不受ノ事ニ思ケルヲ見テ水瓶ノ腹ノ破タルヲ 木カ竹カニテツクロヘト云ニ金ニテコソツキ候ハメイカカ木ナント ニテハツキ候ハンヤト云ヘハ我身モ肉カ損シタレハ肉ニテナヲス ヘシト云ケルト云ヘリ 聖武天皇東大寺御建立 有テ三面ノ僧房ニ学問スル僧ノ夜中ニ田舎ノ夫ノ形ニ御身ヲ ヤツシ蓑キ給テ御覧シケルニ或ル僧アスヨリ後ハイカカスヘキト ナケキケリサシノソキテ何事ヲ御歎アルト問ヒ給ヘハ此ノ日比 鮭ノ頭ヲネフリネフリシテ学問シツルカネフリツクシタリト云ナトト 問給ヘハ鮭ハ目ノネフラレヌ物ニテカシラヲネフリネフリシテ目ヲサマ シテ学問シツルト云ケリサテ越前ニ鮭ノ庄トテ鮭トル庄御寄 進有ケリ是学問ノタメ也悪事ナレトモ仏法ノ光勝レヌレハ小 悪ヲ消ス徳アルヘシ大方過ナキニハアラス仏法ノ光ニ隠ルヘキ/2-11l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384727/1/11
故也星ノ光ハ月ニカクレテカスカニ月ノ光ハ日ニオホハレテ不明ナラ 如此ノ仏法ノタヘナル事国王モ感シ鬼神モウヤマウナルヘシ食肉 トガナシト思ハコレ邪見也大方鬼道ニ落ツヘキ業ナルヘシ可怖 可怖楞伽涅槃等ノ諸経ノ中ニハ大キニ制セリ/2-12r
