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text:zotanshu:zotan02-03

雑談集

巻2第3話(17) 災難病患等の有る事

校訂本文

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前世(ぜんぜ)の業強くして、今生(こんじやう)の行業(ぎやうごう)たやすく彼を除かずは、今生の行業は来世の因たるべし。

浄名居士1)の病のみせしを、人訪(と)ひて、「など、さしもの善人かくおはする」と云ひし返事(へんじ)に、「わが今の疾苦(しつく)は、みな過去による。現在の修福(しゆふく)は報い当来にあり」。殺生せぬ者は寿命長く、布施せぬ者は貧窮(びんぐう)なるもこの心なり。また涅槃経に、「智恵無く、行徳無きものは、今生の小悪、当来に大苦を受く。されば安穏(あんおん)なるかひなし。智恵行善の人は、今生の大悪、行業・懺悔(さんげ)の力、転重軽受(てんぢゆうきやうじゆ)して、病患災難(びやうげんさいなん)ありて、当来の大苦を、今生の小苦をもて脱(のが)るべし」と説けり。

この理を知らぬ人は、悪人の安穏なるを見て、「罪業苦しからず」と思ひ、智者行善の人の病患災難あるを見て、「福智(ふくち)よしなし」と思へり。玄奘三蔵の臨終の時、苦痛おはしけるは、人不審す。他人ありて、「この小苦をもて、昔の業つぐのひ給へり。悦び給ふべし」と申しけり。

業惑(ごうわく)に三つの形あり。重業(ぢゆうごう)は今生に感ず。提婆達多(だいばだつた)、三逆を造りて現身に地獄に入り、勝意比丘(しよういびく)の、喜根菩薩(きこんぼさつ)を謗(ばう)じて地裂けて地獄に落ちしがごとし。これを順現業といへり。次に重きは、次後の生に感ず。これを生報(しやうほう)と云ふ。軽(かろ)きは次第に生を経(ふ)るなり。無量劫を経れども朽ちせず。これを後報と云へり。

悪人は、わが身先業によりて、持ても子孫必ず久しからず。これを積悪(せきあく)の余殃(よあう)と云へり。善人、またわが身災難にあへども、子孫福あり。これは積善(しやくぜん)の余慶(よけい)なり。

海道の宿の遊女、旅人のもとにうち連れて行きけるが、友だちの君、化粧(けしやう)せざりけり。「など、化粧(けさう)はし給はぬ」と云へば、「白物(しろもの)なくて」と云ふに、「あらいとほし。などさらば、さものたまはぬ」とて、わが顔の白物をはだけて落して、付けて連れて行きけり。

浅鍋(あさなべ)売る者、知音(ちいん)なるありけり。一人は他国して世にありて商ひもせず、一人はもとのごとし。ある山中に行き会ひて、この五・六年互ひに顔向けず、めづらしく覚えて、「かかる山中にて候ふほどに、いかがと思へども、空しく候ふ。宿辺(しゆくへん)ならば、御酒(ごしゆ)も候ふべきに、かへすがへす本意(ほい)なく候ふ。まことに志(こころざし)見え参らせむ。御酒一度進(まゐ)らすると思ひて」とて、「浅鍋を打ち破(わ)つてまた進らせん」とて、三つ四つ打ち破りたりければ、「これほどに御酒給はりて候ふ。酔(ゑ)ひ苦しび候はむ」とて、馬に乗り、はたと装束したりけるが、田に落ち入りて、小袖(こそで)・直垂(ひたたれ)濡らして行き分かれけり。

この志の色、物のなきなど、とかく云ふはみな志のなきなり。「暇(いとま)の無し」と云ふもかくのごとし。夢中のこと、万事いたづらごとなり。何事にかさしあふべき。六道生死の夢の中に、会ひたき仏法、ことにわきては優曇華(うどんげ)に譬へられたる法華一乗の妙典など、もしは読誦、もしは講讃、如説の行本となり。もしは座禅観法この事まことに心中に一大事に思はば、これを指し合ひにして、世事(せじ)よろづなすべからず。

「暇(いとま)無くて学行せず」など云ふは、ただ志の無きなり。なかなか「志の無き」と云ふは正直なり。「暇の無き」と云ふは、いよいよ虚妄(こまう)なり。けやけき拙(つたな)き心なり。よくよくこの道理案じほどきて、もしは学、もしは行、光陰を惜むべし。経に云はく、「仏弟子は二事を行ずべし。一つには聖黙然(しやうもくねん)、二つは説般若(せつはんにや)、云々。

昔、ある山里に、まめ祖(そ)・ものぐさ祖とて、隣家(りんか)にて栖(す)みけり。まめ祖は朝夕(ちようせき)田畠(でんばく)作り、大豆(まめ)・小豆(あづき)・粟(あは)などまで、たのしく持ちたりけり。ある時、畠(はた)作りくたびれて居眠りしたるを、猿ども見て、「仏のおはします。供養せむ」とて、薯蕷(やまのいも)・野老(ところ)・栗(くり)・椎(しい)など多く持ち来たりて、山塚と前に取り置きて去りにけり。ふすふす2)負ふて帰りぬ。

ものぐさ祖が婆(うば)、せがみて云ひただし、装束借りてきて行きぬ。猿、来たりて、「いざ、この仏、河向へへ具して行きて、供養せん」とて、手車に乗せて、山河の早く深きを渡りけるが、「やれ袴(はかま)かき上げよ」とて、尻毛をかき上げけるをかしさに、ふと笑ひたりければ、「やれ、人にてありけり」とて、河に投げ入れてけり。衣裳濡らして、水一腹飲みて、死なぬばかりにて帰りてけり。婆いよいよ憎み腹立ちけり。よしなき物のまねすべからず。

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  災難病患等ノ有ル事
前世ノ業ツヨクシテ今生ノ行業タヤスク彼ヲ不ハ除カ今生ノ行業ハ
来世ノ因タルヘシ浄名居士ノ病ノミセシヲ人訪ヒテナドサシモノ
善人カクヲハスルト云ヒシ返事ニ我カ今マノ疾苦ハ皆由ル過去ニ現在ノ
修福ハ報ヒ在当来ニ殺生セヌ者ハ寿命長ク布施セヌ者ハ貧窮
ナルモ此ノ心也又涅槃経ニ智恵無ク行徳無キ物ハ今生ノ小
悪当来ニ大苦ヲウクサレバ安穏ナルカヒナシ智恵行善ノ人ハ
今生ノ大悪行業懺悔ノ力転重軽受シテ病患災難有テ当来ノ/1-30r
大苦ヲ今生ノ小苦ヲモテ脱ルベシト説ケリ此ノ理ヲ知ラヌ人ハ悪
人ノ安穏ナルヲ見テ罪業クルシカラズト思ヒ智者行善ノ人ノ
病患災難アルヲ見テ福智ヨシナシト思ヘリ玄奘三蔵ノ臨終ノ
時苦痛ヲハシケルハ人不審ス他人有テ此ノ小苦ヲモテ昔ノ
業ツクノヒ給ヘリ悦ヒ給フベシト申ケリ業惑ニ三ノ形有リ重業ハ
今生ニ感ス提婆達多三逆ヲ造テ現身ニ地獄ニ入リ勝意
比丘ノ喜根菩薩ヲ謗シテ地裂ケテ地獄ニ落シカ如シコレヲ順現
業トイヘリ次ニ重キハ次後ノ生ニ感ス。コレヲ生報ト云軽キハ次第ニ
生ヲ経ルナリ無量劫ヲフレトモ朽チセズコレヲ後報ト云ヘリ悪人ハ
我身先業ニヨリテ持テモ子孫必ス不久カラコレヲ積悪ノ餘殃ト
云ヘリ善人又我身災難ニアヱトモ子孫有福コレハ積善ノ
餘慶也  ○海道ノ宿ノ遊女旅人ノ許ニ打ツレテ行キケルカ/1-30l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/30

トモダチノ君ケシヤウセザリケリナドケサウハシ給ハヌト云ヘハ白
物ナクテト云ニアライトヲシナドサラバサモノ給ハヌトテ我顔ノ
白物ヲハダケテヲトシテツケテツレテ行キケリアサナヘウル物
知音ナルアリケリ一人ハ他国シテ世ニ有テアキナヒモセズ一人ハ
本ノ如シ或山中ニ行キアヒテ此五六年タガヒニ不向顔メヅラシク
覚ヘテカカル山中ニテ候程ニイカガト思ヘドモ空ク候宿辺ナラバ
御酒モ候ベキニ返々無本意候誠ニ志シ見ヘマイラセム御酒
一度マイラスルト思テトテアサナヘヲ打破ツテ又進セントテ三ツ四ツ
打破リタリケレバ是程ニ御酒給ハリテ候酔クルシヒ候ハムトテ
馬ニノリハタト装束シタリケルガ田ニ落チ入リテ小袖直垂ヌラシテ
行キ分カレケリ此ノ志ノ色物ノナキナドトカク云ハ皆志ノ無キ也
イトマノ無ト云モ如此夢中ノ事万事徒ラ事也何事ニカサシ/1-31r
アフヘキ六道生死ノ夢ノ中ニアヒガタキ仏法コトニワキテハ優曇
華ニタトヘラレタル法華一乗ノ妙典ナド若ハ読誦若ハ講讃
如説ノ行本ト也若ハ坐禅観法此ノ事実ニ心中ニ一大事ニ思ハハコレヲ
指合ニシテ世事ヨロヅナスベカラズ暇マ無テ学行セズナト云ハ
只志ノ無キ也中々志ノ無ト云ハ正直也暇ノナキト云ハ弥虚
妄也尤拙心也ヨクヨク此ノ道理案ジホドキテ若ハ学若ハ行
光陰ヲ可シ惜ム経ニ云ク仏弟子ハ二事ヲ可シ行ス一ニハ聖黙然二ハ説
般若云々  ○昔或山里ニマメ祖物クサ祖トテ隣家ニテ
栖ケリマメ祖ハ朝夕田畠作大豆小豆粟ナドマデタノシク
モチタリケリ或時畠作リクタビレテ居眠リシタルヲ猿ドモ見テ
仏ノヲハシマス供養セムトテ薯蕷野老栗椎ナド多ク持来テ
山塚ト前ニ取ヲキテ去ニケリフスフス負テ帰リヌ物クサ祖ガ/1-31l

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/31

ウバセガミテ云ヒタダシ装束カリテキテ行ヌ猿来テイザコノ仏
河ムカヘヘ具シテ行テ供養セントテ手車ニノセテ山河ノ早ク深ヲ
ワタリケルカヤレ袴カキアゲヨトテ尻毛ヲカキアゲケルヲカシサニ
フトワラヒタリケレバヤレ人ニテアリケリトテ河ニナゲ入テケリ
衣裳ヌラシテ水一腹ノミテ死ナヌバカリニテ帰リテケリ婆
イヨイヨニクミ腹立ケリヨシナキ物ノマネスベカラズ/1-32r

https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/32

1)
維摩詰
2)
「伏す伏す」か。
text/zotanshu/zotan02-03.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa