巻1第11話(11) 真言の物語の事
校訂本文
ある山僧、知音(ちいん)なるありけり。一人は事相真言師、行業精勤(ぎやうごふしやうごん)にして常に護摩を行ず。一人は顕宗(けんじう)の学生(がくしやう)なり。ある時云はく、「心中に思ふこと侍り。知音の因縁、隔心(きやくしん)あるべからず。そのゆゑは、御房の護摩の行法を見るに、薪(たきぎ)を燃(た)くばかりなり。もし木を燃くこと功徳なるべくは、小法師が時・非時する時、木の燃くも功徳となるべきやと、心中に疑ひ侍り」と云ふ時、「など疾(と)く仰せられざりける。天台の法門に、一念三千、色香中道の道理、法々に万徳を具足、修徳に行じ顕せば、無尽の妙用、神通あることは信じ給へりや」と云ふ。「それ疑ひなし」と云ふ時、「さらば、このことも疑ふべからず。木の中に万徳の具足せること、凡夫の習ひはこれを知らず。小法師はただ時・非時し、寒ければ燃(た)いてあたり、闇(くら)ければ明かしなどする徳ばかり知れり。大日の智恵、三密の加持力、真言・印明観念不思議の妙用、息災の時は円(まろ)に、憎愛の時は方(はう)にし、相応の多形印明をもつて、種々の悉地(しつち)を成就することをば、御辺(ごへん)の智用(ちゆう)にて、いかでかおさへ給ふべき。時・非時用ゐるも、知らざるよりは、知るは計りなきことなり。まして恒沙の徳、仏智の用、凡夫の智、いかでか及ばん」と細(つぶさ)に語(かた)てければ、感涙を流して、真言を習ひ、一期護摩の行法する真言師になりてけり。顕の智恵の下地善くして、信心を発(おこ)しけるなるべし。
昔、天台の座主1)、いみじき知法の人にておはしけるが、隠者の中に、真言の解行(げぎやう)功深くして、聞きある僧を召して、「炎魔天、供行せむ時は、いかが観法すべき」と問ひ給ひければ、「阿鼻(あび)の依正(えしやう)は、全く極聖の自心に処すとこそ観じ候はめ」と申しければ、大きに感じて、はかりなき禄(ろく)給はりけり。智者は物に感あることなり。四重の曼陀羅(まんだら)は、真言におのおの五智を具し、無際智の聖者、四種の法身具足して、内証は全体ただ大日なり。
大師2)の云はく、「法王の一宮、法界の一門なり」。一善知識となりて、明王・天等の形を現じ給へども、自証の体は毘盧(びる)なれば、中台の中心に本尊としてこれを置く。入我我入(にふががにふ)の観、四摂の真言・印契(いんげい)まで、「本尊とわれと不二なり」と観ずる肝要なり。されば、いづれの尊もただ大日なり。われまた本覚の大日なり。互に主伴(しゆばん)となるの義、准(なぞら)ふべし。
華厳3)の説、顕の下地なくは、宗義意を得がたし。天台の真言4)は天台宗をよくよく習ひて、四十の後、真言を学せよと云へり。真言師は事相・教相並べて、真実の大事は准(なぞら)ひ知るべし。事相の師は智恵なく、ただ顕宗事相を信ずべからず。これすなはち、智恵の浅きゆゑ、但し真言は事相を本とす。もつとも信有るべきか。
翻刻
真言ノ物語事 或ル山僧知音ナル有リケリ一人ハ事相真言師行業精勤ニシテ 常ニ護摩ヲ行ス一人ハ顕宗ノ学生也或時云心中ニ思フ事侍リ 知音ノ因縁不可有隔心其ノ故ハ御房ノ護摩ノ行法ヲ見ルニ 薪ヲ燃ク計リ也若シ木ヲ燃ク事可クハ功徳ナル小法師カ時非時スル時 木ノ燃モ可ヤト為ル功徳ト心中ニ疑ヒ侍リト云時ナト疾ク不リ被仰セケル天 台ノ法門ニ一念三千色香中道ノ道理法々ニ具足万徳ヲ修 徳ニ行シ顕セハ無尽ノ妙用神通有ル事ハ信シ給ヘリヤト云其/1-20r
無ト疑云時サラハ此事モ不可疑フ木ノ中ニ万徳ノ具足セル事凡 夫ノ習ハ不知之ヲ小法師ハ只時非時シ寒ケレハ燃イテアタリ 闇ケレハ明シナドスル徳ハカリ知レリ大日ノ智恵三密ノ加持 力真言印明観念不思議ノ妙用息災ノ時ハ円ニ憎愛ノ 時ハ方ニシ相応ノ多形印明ヲ以テ種々ノ悉地ヲ成就スル事ヲハ 御辺ノ智用ニテイカテカヲサヘ給フヘキ時非時用ルモ不ル知ヨリハ 知ルハ無計リ事也マシテ恒沙ノ徳仏智ノ用凡夫ノ智イカテカ及ハント 細ニカタテケレハ感涙ヲ流シテ真言ヲ習ヒ一期護摩ノ行法スル 真言師ニ成テケリ顕ノ智恵ノ下地善クシテ信心ヲ発シケルナルヘシ ○昔シ天台ノ座主イミシキ知法ノ人ニテヲハシケルカ隠者ノ 中ニ真言ノ解行功深シテ聞有ル僧ヲ召シテ炎魔天供行セム時ハ イカカ観法スヘキト問ヒ給ヒケレハ阿鼻ノ依正ハ全ク処スト極聖ノ自/1-20l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/20
心ニコソ観シ候ハメト申ケレハ大ニ感シテハカリナキ禄給ハリケリ 智者ハ物ニ感有ル事也四重ノ曼陀羅ハ真言ニ各ノ具五智ヲ無 際智ノ聖者四種ノ法身具足シテ内証ハ全体只大日也 大師ノ云法王ノ一宮法界ノ一門也一善知識ト成テ明王天 等ノ形ヲ現シ給ヘトモ自証ノ体ハ毘盧ナレハ中臺ノ中心ニ本尊トシテ 置ク之ヲ入我々入ノ観四摂ノ真言印契マテ本尊ト我レト不 二ナリト観スル肝要也サレハ何ノ尊モ只大日也我レ亦タ本 覚ノ大日也互ニ為ル主伴之義可シ准フ華厳ノ説顕ノ下地無クハ 宗義難得意天台ノ真言ハ天台宗ヲ能ク々習テ四十ノ後 真言ヲ学セヨト云ヘリ真言師ハ事相教相並ヘテ真実ノ大 事ハ可知ル准イ事相ノ師ハ無智恵唯顕宗不可信事相ヲ是則 智恵ノ浅キ故但真言ハ事相ヲ為本ト尤モ可キ有信歟/1-21r
