text:zotanshu:zotan01-10
巻1第10話(10) 化導多儀の事
校訂本文
漢土に、昔、ある俗人の子、器量(きりやう)の仁なりけるを、父、深き山中に上人のあるを、給使(きふし)奉行せさせて、学問さすべき心地(ここち)なり。
多年の後、家に帰る。父、問ひて云はく、「何ごとか習へる」。答ふ、「文字一つも習はず」。「さてはいたづらに年序(ねんじよ)を経たり。よしなし」とて、天下第十の智者と聞こゆる僧に付けたりけり。
この智人、この子を見て、「聖者に近づきたる者なり。われは教ゆべからず。今暫くあらば、得道すべかりけり。彼の上人誰と云ふ」と問ふに、「その人を知らず。ただし、ある時客僧来たりて、『徳雲やまします』と問ふことありき」と答ふ。さては徳雲比丘なり。善財の知識の随一なり。後に尋ぬるに其の住処を知らず、云々。
仏の化儀(けぎ)も三輪なり。意輪(いりん)、機を鑑(かが)み、身輪(しんりん)、通を現じ、口輪(くりん)説法す。あるいは香をもつて説法し、衣服(えぶく)をもつて説法し、虚空寂黙(こくうじやくもく)等をもつて説法とす。諸仏の浄土の説法仏事、一種にあらず。言説の化儀は、今この娑婆耳根(にこん/みみ)利なるゆゑなり。維摩経にこのこと説けり。
智者にも、愚者にも、親近(しんごん)すれば、必ずしも言説を以て教訓せず。自然に化するなり。化すと云ふは、煨(おき)を炭の上に置かば、必ずしも言説をもて煨炭を煨にならしめ教ゆることなし。自然と化するなり。悪事もかくのごとき賊に近けば、賊となるなり。水辺の湿(うるほ)ひ、火辺の燥(かは)くこと、天然のことなり。これを疑ふべからず。必ずしも言説によらず。
翻刻
化導多儀事/1-19r
漢土ニ昔シ或ル俗人ノ子器量ノ仁ナリケルヲ父深キ山中ニ上人ノ アルヲ給使奉行セサセテ学問サスベキ心地也多年ノ後チ家ニ 帰ル父問テ云ク何事カ習ヘル答フ文字一モ不習ハサテハ徒ニ年序ヲ 経タリヨシナシトテ天下第十ノ智者ト聞ユル僧ニ付タリケリ 此ノ智人此ノ子ヲ見テ聖者ニ近タル者也我ハ不可教ユ今マ暫ク 有ラハ得道スヘカリケリ彼ノ上人誰ト云ト問ニ不知其人ヲ但シ或ル 時客僧来テ徳雲ヤ御坐ト問フ事有リキト答フサテハ徳雲比 丘ナリ善財ノ知識ノ随一也後ニ尋ルニ不知其ノ住処ヲ云々 仏ノ化儀モ三輪也意輪鑒機ヲ身輪現シ通ヲ口輪説法ス或ハ 以テ香ヲ説法シ以テ衣服説法シ以テ虚空寂黙等説法トス諸仏ノ 浄土ノ説法仏事非一種ニ言説ノ化儀ハ今此ノ娑婆耳根利ナル 故ヘ也維摩経ニ此ノ事説ケリ智者ニモ愚者ニモ親近スレバ必シモ/1-19l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/19
言説ヲ以テ不教訓セ自然ニ化スル也化スト云ハ煨ヲ炭ノ上ニ置ハ 必シモ言説ヲモテ煨炭ヲ煨ニ成シメ教ユル事ナシ自然ト化スルナリ 悪事モ如此ノ賊ニ近ケハ成賊ト也水辺ノ湿ヒ火辺ノ燥ク事天然ノ 事也不可疑之ヲ必シモ言説ニヨラス/1-20r
text/zotanshu/zotan01-10.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
