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text:towazu:towazu3-33

とはずがたり

巻3 33 その日になりぬれば・・・

校訂本文

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その日になりぬれば、御所のしつらひ、南面(みなみおもて)の母屋(もや)三間(さんげん)、中に当たりて、北の御簾に添へて仏台(ぶつだい)を立てて、釈迦如来の像一幅かけらる。その前に香華(かうげ)の机を立つ。左右に灯台を立てたり。前に高座を置く。その南に礼盤あり。同じ間の南の簀子(すのこ)に机を立てて、その上に御経箱二合置かる。寿命経(ずみやうきやう)1)・法華経入らる。御願文、草(さう)、茂範2)、清書、関白殿3)と聞こえしやらむ。母屋の柱ごとに、幡(はた)・華鬘(けまん)をかけらる。母屋の西の一の間に、御簾の中に繧繝(うげん)二畳の上に唐錦(からにしき)の褥(しとね)を敷きて、内4)の御座とす。同じ御座の北に、大紋二畳を敷きて、一院5)の御座、二の間に同じ畳を敷きて、新院6)の御座、その東(ひんがし)の間に屏風を立てて大宮の院7)の御座、南面の御簾に几帳の帷(かたびら)出だして、一院の女房候ふ所をよそに見侍りし。あはれ少なからん8)。同じき西の廂(ひさし)に屏風を立てて、繧繝二畳敷きて、その上に東京(とうぎやう)の錦の褥を敷きて、准后(ずごう)9)の御座なり。

かの准后と聞こゆるは、西園寺の太政大臣実氏公10)の家、大宮院・東二条院御母、一院・新院御祖母、内・春宮御曾祖母なれば、世こぞりてもてなし奉るもことわりなり。俗姓(ぞくしやう)鷲尾(わしのを)の大納言隆房11)の孫、隆衡の卿12)の女(むすめ)なれば、母方は離れぬゆかりにおはします上、ことさら幼くより、母にて侍りし者もこれにて生ひ立ち、わが身もその名残変はらざりしかば、召し出ださるるに、褻形(けなり)にてはいかがとて、大宮院御沙汰にて、「紫の匂ひにて、准后の御方に候ふべきか」と定めありしを、「なほいかが」と思し召しけむ13)、「大宮の御方に候ふべき」とて、紅梅の匂ひ、まさりたる単(ひとへ)、紅(くれなゐ)の打衣(うちぎぬ)、赤色の唐衣(からぎぬ)、大宮院の女房はみな侍りしに、西園寺14)の沙汰にて、上紅梅の梅襲(むめがさね)八つ、濃き単、裏山吹の表着(うはぎ)、青色の唐衣、紅の袿(うちぎ)、彩物(だみもの)置きなど、心ことにしたるをぞ賜はりて候ひしかども、「さやは思ひし」と、よろづあぢきなきほどにぞ侍りし。

こと始まりぬるにや、両院・春宮・両女院・今出川の院15)・姫宮16)・春宮の大夫17)、うち続く。誦経(じゆきやう)の鐘の響きもことさらに聞こえき。階(はし)より18)東(ひんがし)には、関白19)・左大臣20)・右大臣21)・花山院大納言22)・土御門の大納言23)・源大納言24)・大炊御門の大納言25)・右大将26)。春宮大夫27)、ほどなく座を立つ。左大将28)・三条中納言29)・花山院中納言30)、家奉行の院司左衛門督31)。階より西に、四条前大納言32)・春宮権大夫33)・権大納言34)・四条宰相35)・右衛門督36)などぞ候ひし37)。主上、御引直衣(ひきなほし)、正絹(すずし)の御袴。一院、御直衣、青鈍(あをにび)38)の御指貫。新院、御直衣、綾の御指貫。春宮、御直衣、浮織物(うきおりもの)の紫の御指貫なり。みな御簾の内におはします。左右大将・右衛門督、弓を持ち矢を負ひたり。

楽人(がくにん)・舞人(まひびと)、鳥向楽(てうかうらく)を奏す。一、鶏婁(けいろう)先立つ。乱声39)、左右桙(ほこ)を振る。この後、壱越調(いちこつてう)の調子を吹きて、楽人・舞人、衆僧集会(しゆゑ)の所へ向ひて、左右に分かれて参る。中門を入りて、舞台の左右を過ぎて、階(はし)の間より昇りて、座に着く。講師(こうじ)法印憲実・読師僧正守助40)・呪願僧正、座に昇りぬれば、堂達(だうたつ)、磬(けい)を打つ。堂童子(だうどじ)重経41)・顕範42)・仲兼43)・顕世44)・兼仲45)・親氏46)など、左右に分けて候ふ。唄師(ばいし)、声出でて後、堂童子、花筥(はなばこ)を分かつ。楽人、渋河鳥(しんがてう)を奏して、散華行道(さんげぎやうだう)一返、楽人鶏婁、御前にひざまづく。一は久資47)なり。院司為方48)、禄を取る。

後に杖を退けて49)舞ひを奏す。気色ばかりうちそそく春の雨、糸帯びたるほどなるを、いとふ50)気色もなく、このもかのもに並みゐたる有様、いつまで草のあぢきなく見渡さる。左、万歳楽(まんざいらく)、楽・拍子、賀殿(かてん)・陵王(れうわう)。右、地久・延喜楽・納曽利。二の者にて、多久忠51)、勅禄(ちよくろ)の手とかや舞ふ。このほど右の大臣(おとど)座を立ちて、左の舞人近保52)を召して勧賞(けんじやう)仰せらる。承りて、再び拝み奉るべきに、右の舞人久資、楽人政秋53)、同じく勧賞を承る。「政秋、笙の笛を持ちながら起き伏すさま、つきづきし」など御沙汰あり。講師、座を下りて、楽人、楽を奏す。

その後、御布施を引かる。頭中将公敦(きんあつ)54)・左中将為兼55)・少将康仲56)など、闕腋(わきあけ)に平胡籙(ひらやなぐい)負へり。縫腋(もとほし)に革緒の太刀57)、多くは細太刀なりしに58)、衆僧59)どもまかり出づるほどに、廻忽(くわいこつ)・長慶子(ちやうけいし)を奏して、楽人・舞人まかり出づ。大宮・東二条・准后の御膳参る。准后の陪膳四条宰相、役送左衛門督なり。

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にまいらるその日になりぬれは御所のしつらひみなみおもて
のもや三けん中にあたりてきたの御すにそへて仏たいを
たてて釈迦如来のさう一ふくかけらるそのまへにかうけのつく
ゑをたつ左右にとうたいをたてたりまへにかうさををく
そのみなみにらいはんありをなしまのみなみのすのこに
つくゑをたててそのうへに御経はこ二かうをかるすみやう経
法花経入らる御願文さうもちのりせい書関白殿ときこえ
しやらむもやのはしらことにはたけまんをかけらるもやの
にしの一のまに御すの中にうけん二てうのうへにからにしきの/s150r k3-74
しとねをしきてうちの御さとすをなし御さのきたに大もん
二てうをしきて一院の御さ二のまにをなしたたみをしきて
新院の御さそのひんかしの間にひやうふをたてて大宮の院
の御さみなみをもての御すに木丁のかたひらいたして一院の
女はう候ところをよそにみ侍しあはれすくなからんをなし
きにしのひさしにひやうふをたててうけん二てうしきて
そのうへにとうきやうのにしきのしとねをしきてすこう
の御さなりかのすこうときこゆるはさいをんしの太政大臣さね
うちこうのいゑ大宮院東二条院御はは一院新院御そ母
内春宮御そうそ母なれはよこそりてもてなしたてまつるも
ことはりなりそくしやうはわしのおの大納言たかふさのまこたか/s150l k3-75

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/150

ひらの卿のむすめなれはははかたははなれぬゆかりにをはし
ますうへことさらをさなくよりははにて侍し物もこれにて
をいたち我身もそのなこりかはらさりしかはめしいたさるる
にけなりにてはいかかとて大宮院御さたにてむらさきの匂ひにて
すこうの御かたに候へきかとさためありしをなをいかかと思ひし
めしけむ大宮の御かたに候へきとてこうはいのにほひまさ
りたるひとへくれなゐのうちきぬあか色のからきぬ大宮
院の女房はみな侍しにさいをん寺のさたにてうゑこう
はいのむめかさね八こきひとへうら山ふきのうはきあを色の
からきぬくれなゐのうちきたみ物をきなと心ことにしたるを
そたまはりて候しかともさやはおもひしとよろつあちきなき/s151r k3-76
程にそ侍しことはしまりぬるにや両院春宮両女院い
まてかはの院ひめ宮春宮の大夫うちつつくしゆきやう
のかねのひひきもことさらにきこえきつつへよりひんかしには
関白左大臣右大臣花山院大納言つち御かとの大納言源大納言
大ゐの御かとの大納言右大将春宮大夫程なくさをたつ右大将三条
中納言花山院中納言家ふきやうの院司左衛門督はしよりにし
に四条前大納言春宮権大夫権大納言四条宰相右衛門督なとそ
く(候歟)し主上御ひきなをしすすしの御はかま一院御なをしあを
にほひの御さしぬき新院御なをしあやの御さしぬき春宮
御なをしうきおり物のむらさきの御さしぬきなりみなみすの
内におはします左右大将右衛門督ゆみをもちやををい/s151l k3-77

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/151

たりかく人まい人てうかうらくをさうす一けいろうさきたつ
らむ左右ほこをふるこののち一こつてうのてうしを
ふきてかく人まい人しゆそうしゆゑの所へむかひて左
右にわかれてまいる中もんをいりてふたいの左右を過て
はしのまよりのほりてさにつくかうしほうゐんけんしち
とくしそう正ゑうしよしゆくわんそう正さにのほりぬれは
たうたつけいをうつたうとししけつねあきのりなかかぬ
あきよかねなかちかうちなと左右にわけて候はいしこゑ
いててのちたうとし花はこをわかつかく人しんかてうをそうし
てさんくゑきやうたう一へんかく人けいろう御せんにひ
さまつく□□□一はひさすけなり院司ためかたろくをとる/s152r k3-78
のちにつくゑをしりかけてまいをそうすけしきはかりうち
そそく春の雨いとをひたるほとなるをいとまけしきもなく
このもかのもになみゐたるありさまいつまてくさのあちきなく
見わたさる左まんさいらくかくひやうしかてんれうわう右
ちきうゑんきらくなそり二の物にておほのひさすけちよくろの
てとかやまふこのほと右のをととさをたちて左のまい人ちかやすを
めしてけんしやう仰らるうけ給てふたたひをかみたてまつるへき
に右のまい人ひさすけかく人まさあきをなしくけんしやう
をうけ給るまさあきしやうのふえをもちなからおきふすさま
つきつきしなと御さたありかうしさををりてかく人かくを
そうすそののち御ふせをひかる頭中将きんあつ左中将ためかぬ/s152l k3-79

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/152

少将やすなかなとわきあけにひらやなくいをゑりもとを
しにかわをのうちおほくはほそたちなりしにこにそう
ともまかりいつるほとにくわいこつちやうけいしをそうして
かく人まい人まかりいつ大宮東二条准后の御せんまいる
しゆこうのはいせん四条宰相やくそう左衛門督なりつき/s153r k3-80

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/153

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1)
一切如来金剛寿命陀羅尼経
2)
藤原茂範
3) , 19)
近衛兼平
4)
後宇多天皇
5)
後深草院
6)
亀山院
7)
後嵯峨院后
8)
「少なからん」は底本「すくなからん」。
9)
北山准后。四条貞子。大宮院・東二条院母。
10)
西園寺実氏
11)
藤原隆房
12)
四条隆衡
13)
「思し召しけむ」は底本「思ひしめしけむ」。
14)
雪の曙・西園寺実兼
15)
亀山院中宮、西園寺嬉子
16)
遊義門院・姈子内親王
17) , 27)
西園寺実兼
18)
「階(はし)より」は底本「つゝへより」。
20)
二条師忠
21)
九条忠教
22)
花山院長雅
23)
土御門定実
24)
源通頼
25)
大炊御門信嗣
26)
源通基
28)
鷹司兼忠。「左大将」は底本「右大将」。
29)
三条実重
30)
花山院家教
31)
西園寺公衡
32)
四条隆行
33)
堀川具守
34)
洞院公守
35)
四条隆康
36)
園基顕
37)
「候ひし」は底本「く(候歟)し」。
38)
「青鈍」は底本「あをにほひ」。
39)
底本「声」なし。『増鏡』により補う。
40)
「守助(しうじよ)」は底本「ゑうしよ」。
41)
高階重経
42)
藤原顕範
43)
平仲兼
44)
堀川顕世
45)
勘解由小路兼仲
46)
五辻親氏
47)
多久資
48)
中御門為方
49)
「杖を退けて」は底本「つくゑをしりかけて」。
50)
「いとふ」は底本「いとま」。
51)
「久忠」は底本「ひさすけ」。
52)
狛近保
53)
豊原政秋
54)
藤原公敦
55)
京極為兼
56)
源康仲
57)
「太刀」は底本「うち」。
58)
以下欠文あるか。
59)
「衆僧」は底本「こにそう」。
text/towazu/towazu3-33.txt · 最終更新: 2019/09/10 13:07 by Satoshi Nakagawa