とはずがたり
巻3 32 またの年の睦月の末に大宮の院より文あり・・・
校訂本文
またの年の睦月の末に、大宮の院1)より文あり。「准后(ずこう)2)の九十の御賀のこと、この春思ひ急ぐ。里住みもはるかになりぬるを、何か苦しからむ。打出(うちいで)の人数(ひとかず)にと思ふ。准后の御方に候へ」と仰せあり。「さるべき御事にては候へども、御所ざま悪しざまなる御気色にて里住みし候ふに3)、何の嬉しさにか、打出のみぎりに参り侍るべき」と申したるに4)、「すべて苦しかるまじき上、准后の御事は、ことさら幼くより、故大納言の典侍5)といひ、その身といひ、他(た)に異ならざりしことなれば、かかる一期(いちご)の御大事見沙汰せん、何かは」など、御みづからさまざま承るを、さのみ申すもことあり顔なれば、参るべきよし申しぬ。
籠りの日数は四百日に余るを、帰り参らんほどは代官(だいくわん)6)を候はせて、西園寺7)の承りにて、車など給はせたれば、いまは山賤(やまがつ)になり果てたる心地して、晴れ晴れしさもそぞろはしながら、紅梅の三つ衣(みつぎぬ)に桜萌黄(さくらもよぎ)の薄衣(うすぎぬ)重ねて、参りて見れば、思ひつるもしるく晴れ晴れしげなり。
両院8)・東二条院9)、遊義門院10)、いまだ姫宮にておはしませしも、かねて入らせ給ひけるなるべし。新陽明門院11)も忍びて御行あり。如月の晦日(つごもり)のことなるべしとて、二十九日、行幸・行啓あり。まづ行幸、丑三つばかりになる。門の前に御輿をすゑて12)神司(かんづかさ)、幣(ぬさ)を奉り、雅楽司(うたのつかさ)、楽を奏す。院司左衛門督13)参りて、このよしを申して後、御輿を中門(ちゆうもん)へ寄す。二条の三位中将14)、中門のうちより、剣璽(けんじ)の役勤むべきに、春宮行啓。まづ門の下まて筵道(えんだう)を敷く。設けの御所、奉行顕家15)・関白16)・左大将17)・三位中将18)など参り設く。傅(ふ)の大臣19)、御車に参らる。
翻刻
してこもりつつことしもくれぬ又のとしのむ月のすゑに 大宮の院より文ありすこうの九十の御賀の事此はる/s148l k3-71
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/148
おもひいそくさとすみもはるかになりぬるをなにかくるしからむ うちいての人かすにとおもふすこうの御かたに候へとおほせ ありさるへき御事にては候へとも御所さまあしさまなる御け しきにてさとすみしいかかになにのうれしさにかうちいての みきりにまいり侍るへきと申さるにすへてくるしかるましき うへすこうの御事はことさらおさなくよりこ大納言のすけと いひその身といひたにことならさりし事なれはかかるいち この御大事見さたせん何かはなと御身つからさまさまうけ たまはるをさのみ申もことありかほなれはまいるへきよし 申ぬこもりの日かすは四百日にあまるをかへりまいらんほとは たいくわんを候はせてさいをんしのうけたまはりにて車/s149r k3-72
なとたまはせたれはいまは山かつになりはてたる心ちして はれはれしさもそそろはしなからこうはいの三きぬにさくら もよきのうすきぬかさねてまいりてみれはおもひつるもしるく はれはれしけなり両院東二条院ゆうき門院いまたひめ 宮にてをはしませしもかねて入せ給けるなるへし新やう めい門ゐんもしのひて御かうありきさらきのつこもりのこと なるへしとて廿九日行幸行啓ありまつ行かううし三 はかりになるもんのまへに御こしをさへて神つかさぬさをたて まつりうたのつかさかくをそうす院司左衛門督まいりて此 よしを申てのち御こしを中もんへよす二条の三位中将中門の うちよりけんしのやくつとむへきに春宮行啓まつもん/s149l k3-73
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/149
の下まてゑんたうをしくまうけの御所ふきやうあき いゑ関白左大将三位中将なとまいりまうくふ(傅)の大臣御車 にまいらるその日になりぬれは御所のしつらひみなみおもて/s150r k3-74