text:takamura:s_takamura1-10
1-10 かかることを母おとど聞き給ひて・・・
校訂本文
かかることを母おとど聞き給ひて、ものものたまはで、うかがひ給ひて、向かひ給ひたりけるを、手を取りて引きもて行きて、部屋にこめてけり。これを父ぬし聞き給ひて、のどかなりける人なりければ、「男(をのこ)も賢き者にて、女幼なき者にあらず。さしたるやうあらん。なほ許し給ひてのたまへ」とありければ、「おのが身を思ふとてのたまふに」とて、いよいよ鍵の穴に土塗りて、「大学のぬしをば、家の中にな入れそ」とて追ひければ、曹司(ざうし)にこもりゐて泣きけり。
妹(いもうと)のこもりたる所に行きて見れば、壁の穴のいささかありけるをくじりて、「ここもとに寄り給へ」と呼び寄せて、物語して、泣きをりて、出でなまほしく思へども、またいと若うて、ねたりたへき人1)もなく、わびければ、ともかくもえせで、いといみじく思ひて語らひをるほどに、夜明けぬべし。
男、
数ならばかからましやは世の中にいと悲しきはしづのをだまき
返し、
いささめにつけし思ひの煙(けぶり)こそ身をうき雲となりて果てけれ
と言ひて、泣きあへりけり。
翻刻
かかることをははおととききたまひ て物もの給はてうかかひ給て むかひたまひたりけるをてをとり てひきもていきてへやにこめて けりこれをちちぬしききたまひて のとかなりける人なりけれはおのこ もかしこき物にて女おさなき物に あらすさしたるやうあらんなを ゆるしたまひての給へとありけれは/s16l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/16
おのか身を思ふとての給にとて いよいよかきのあなにつちぬりてたい かくのぬしをは家の中にな入そ とておいけれはさうしにこもり ゐてなきけりいもうとのこも りたる所にいきてみれはかへの あなのいささかありけるをくし りてここもとにより給へとよひ よせて物かたりしてなきおり ていてなまほしく思へともまたいと/s17r
わかうてねたりたへき人も なくわひけれはともかくもゑせて いといみしくおもひてかたらひ をる程に夜あけぬへしおとこ かすならはかからましやは世中に いとかなしきはしつのをたまき かへし いささめにつけしおもひのけふりこそ 身をうき雲となりてはてけれ といひてなきあへりけりよあけに/s17l
1)
語義不詳
text/takamura/s_takamura1-10.txt · 最終更新: 2022/08/29 01:55 by Satoshi Nakagawa