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text:sesuisho:n_sesuisho5-043e

醒睡笑 巻5 上戸

1-e

校訂本文

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僧曰はく、「汝、持戒勤修の僧侶に対し頻りに飲酒を勧む、甚だ以て奇怪なり。酒はこれ世尊大きに禁ずる処、梵網十重禁1)とは、酤酒戒を以て第五の波羅夷罪とす。いはんや、手に取りて自ら飲むさへあるを、人に勧めて与っふる事、罪過軽からず。般舟讃に云ふ、『唯知目前貪酒肉、不覚地獄尽抄名。(ただ目前の酒肉を貪ることを知りて、地獄に名を尽く抄することを覚らず。)』とあり。愚夫は顛倒して暫時の沈酔2)を楽しみ、当来3)の苦果を期さざるは、これ猶ほ、熠燿宵行(しふえうせうかう)して、照火の一なるを矜(あはれ)むがごとし」。

俗云はく、「さては、飲酒の仏戒ありや。一陣すでに敗れて、たちまち後詰(ごづめ)を得たるが如し。珍重、珍重。なほ飲まん。未曾有経4)の記を聴くに、末利夫人(まりぶにん)は仏弟子なり。戒法を守る。ある時波斯匿王(はしのくわう)5)も遊猟し大きに饑うる事ありし。『修迦羅と云ふ厨官を斬れ』と。夫人これを聞きて、酒饌を調へ、王の所へ至る。共に飲む。王の嗔(いか)りを歇(や)め、命を乞ふ。『厨官を殺すことなかれ』と。王、明日顔色を見るに憔悴せり。夫人。『何の患ひぞ』と問はる。言はく、『昨日饑火に逼(せ)まらるる所、怒りて厨官を殺しき。悔み愁ふるのみ』。夫人笑ひて、『その人なほ在り』。王大きに歓喜し、仏に白(まを)す6)。『末利五戒を持しながら飲酒を犯す。その事何とか云はん』。世尊7)曰はく、『これ犯戒に似て、大功徳を得て罪有ること無きなり』と。然ればすなはち、飲みて過ならん。飲めども修善ならん」。

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已後酒廿充参レカシ僧曰汝対持戒勤修ノ僧侶ニ頻ニ勧ム/n5-25r
飲酒甚以奇怪也酒ハ是レ世尊大ニ禁ル処梵網十重禁ト者
以酤酒戒ヲ第五ノ波羅夷罪トス況ヤ取手自飲サヘアルヲ勧テ人ニ与
事罪過不軽般舟讃云唯知目前貪酒肉不覚地獄尽
抄名トアリ愚夫ハ顛倒ノ而楽ミ暫時洗酔ヲ不期当楽苦果者
此猶熠燿宵行矜照火一俗云扨ハ飲酒仏戒アリ耶一陣
既敗テ忽如得タルカ後詰珍重々々猶飲ン聴未曾有経ノ記ヲ末利
夫人ハ仏弟子ナリ守ル戒法ヲ或時波斯医モ遊猟大饑事アリシ
修迦羅ト云厨官ヲ斬レト夫人聞之酒饌ヲ調ヘ至ル王所共飲王ノ嗔リヲ
歇ヤメ乞フ命ヲ莫殺コト厨官王明日見顔色憔悴セリ夫人何患ソト/n5-25l
問ハル言ク昨日饑火ニ所逼怒殺シキ厨官ヲ悔愁耳夫人笑テ其
人猶在王大ニ歓喜シ自仏末利持ナカラ五戒犯飲酒其事云何
世尊曰似テ此犯戒ニ得大功徳ヲ無罪有也然則飲テ過ナラン飲メトモ
修善ナラン僧云汝愚也如文取義三世諸仏怨トク夫人不ンハ/n5-26r
1)
『梵網経』十重禁戒
2)
「沈酔」は底本「洗酔」。諸本により訂正。
3)
「当来」は底本「当楽」。諸本により訂正。
4)
未曾有因縁経
5)
「波斯匿王」は底本「波斯医」。諸本により訂正。
6)
「白す」は底本「自」。諸本により訂正。
7)
釈迦
text/sesuisho/n_sesuisho5-043e.txt · 最終更新: 2022/04/23 15:26 by Satoshi Nakagawa