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text:sesuisho:n_sesuisho5-043d

醒睡笑 巻5 上戸

1-d

校訂本文

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俗云はく、「釈提桓因(しやくだいくわんゐん)1)より苾蒭(ひつすう)2)の種子を賜ふ。ただ、五道論の中の初めのみ。酒徳を軽んじ、誤つても愛好すること無き者は、却つて羨むに堪へたり。愚なるは恒に願の旨酒は置きて論ぜず、濁醪(どくらう)一樽を得れば、霜朝雪夜、寒を変じて温と為し、憂を転じて楽と為す。されば晋の賈謐(かひつ)と云ひしは、金谷園に於て二十四友を聚む。おのおの忘形の友と作(な)し、莫逆盟を結び遊ぶこと、良(まこと)に以(ゆゑ)有るなり。加之(しかのみならず)、詩を吟じ歌舞を作す、『如詩不成、罰依金谷酒数(もし詩成らずんば、罰は金谷の酒数にて依る)』と。文盞を以て三盃続け之を盛る。或は酒宴の席の詩に『不才身、野詩難詠。可愧罸觥3)金谷籌。(不才の身は、野詩も詠じ難し。愧づべし罸觥(ばつくわう)金谷の籌(ちう))』と作るもまたこれを謂ふか。『人無更少時。須惜年不常春酒莫空。(人更に少き時無し、須く惜む年常に春ならず。酒空しうすることなかれ)』と、小野篁が作勢、最も感有るかな。

また昔の人を思ひ寝の夢にも吟ずる詠歌あり。

  酒瓶にわが身を入れて涵さばや醤色(ひしほいろ)にし骨はなるとも

  夜光る玉といふとも酒飲みて酔ひなきするにまさるやも

かく連ねたる両友、一人は瓊筵(けいえん)を開きて花に座し、一人は羽觴を飛ばして月に酔ふ。荘気空に聞こえ、天乙女か立ち舞ふ袖に、鸚鵡盃思ふ方に指したるを、飲みて戻すや鸚鵡返し。栄期が酒飲みたらば、三楽4)とは言ふまじ。大徳、自今以後、酒を少しづつ5)参れかし」。

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酒ニ貪着モ右流左止俗云従釈提桓因賜苾蒭種子
唯五道論之中ノ初メ而已酒徳ヲ軽ンシ誤テモ無愛好者却堪タリ
羨ムニ愚也ハ恒願ノ旨酒ハ置テ不論得レハ濁醪一樽ヲ霜朝雪
夜変寒為温ト転憂為楽去レハ晋ノ賈謐ト云シハ於金谷園ニ
聚ム廿四友ヲ各作ラ忘形友ト結ヲ莫逆盟遊フ良有以也加之
吟詩作歌舞如詩不成罸依ニ金谷ノ酒数ニテ以文盞ヲ三盃/n5-24l
続ケ盛ル之或酒宴ノ席ノ詩不才身野詩モ難詠可愧罸𦨻金
谷籌ト作亦謂之乎人無更ニ少キ時キ須ク惜年不常ニ春ナラ酒
莫レト空スルコト小野篁カ作勢最有感哉又昔ノ人ヲ思寝ノ夢ニモ吟スル詠
歌アリ酒瓶爾(サカガメニ)我身遠(ワカミヲ)入天(イレテ)涵波耶(ヒタスナミヤ)醤色仁志(ヒシヲイロニシ)骨和(ホネカ)成共
夜光(ヨルヒカル)玉登(タマト)云共(イフトモ)酒飲天(サケノモテ)酔鳴詮爾(ヱヒナキスルニ)豈如免耶裳(アニマサルヤミ)
各連(カクツラ)ネタル両友一人開テ瓊筵ヲ坐花一人飛ス羽觴酔月ニ
荘気空ニ聞シ天乙女歟立舞袖ニ鸚鵡盃思方指シタルヲ
飲テ戻スヤ鸚鵡返シ栄期カ酒飲タラハ三木トハ不言大徳自今
已後酒廿充参レカシ僧曰汝対持戒勤修ノ僧侶ニ頻ニ勧ム/n5-25r
1)
帝釈天
2)
比丘
3)
「觥」は底本「𦨻」。舟偏に光。
4)
「三楽」は底本「三木」
5)
「酒を少しづつ」は底本「酒廿充」か。
text/sesuisho/n_sesuisho5-043d.txt · 最終更新: 2022/03/22 19:01 by Satoshi Nakagawa