text:sesuisho:n_sesuisho3-100
醒睡笑 巻3 清僧
1 人跡絶えたる山中に一宇の堂あり・・・
校訂本文
人跡絶えたる山中に一宇の堂あり。甍(いらか)やぶれては、霧不断の香をたく境界(きやうがい)なれば、世にあらん人の昼だにも立ち寄るべきよしもなきに、「いかなる不惜身命(ふしやくしんみやう)の行者なれば、この仏閣には住める」とあはれむ者も多かりし。
また悪性(あくしやう)の者あり。疑ひ思ふ、「あれほど恐しきところに、何として一人は住まれん。ただ女房のあるものよ」と、嵐すさまじき冬の夜、立ち聞きをしけり。
かの僧、夜もすがらの語に、「そなたがゐればこそ、この寒夜にも暖かなれ。いとほしの人や」と言ひけり。「まぎれもなき夫婦(めをと)にこそ」と、人あまた押し入りて見れば、何もなし。「坊主の愛せらるるものは何ぞ」と問ふに、「これなん、わが伽(とぎ)なり」と言つて、三升ほど入る大徳利をぞ出だしつる。
翻刻
清僧 一 人跡(しんせき)絶(たへ)たる山中に一宇(う)の堂あり甍や ふれては霧不断の香(かう)をたく境界な れは世にあらん人の昼(ひる)たにも立よるへ きよしもなきにいかなる不惜身命(ふしやくしんめう)の 行者なれは此仏閣(ぶつかく)にはすめるとあはれむ 者もおほかりし又悪性の者ありうたがひ おもふあれほとおそろしき処になんと してひとりはすまれん唯女房のある/n3-47l
物よと嵐冷(すさま)しき冬の夜立聞をしけり 彼僧終夜(よもすがら)の語にそなたかゐれはこそ 此寒夜にもあたたかなれいとをしの人やと いひけり紛(まきれ)もなき夫婦にこそと人あまた 押入て見れはなにもなし坊主の愛せら るるものはなにぞととふにこれなん我か伽(とぎ) なりといつて三升ほど入大徳利をぞい だしつる/n3-48r
text/sesuisho/n_sesuisho3-100.txt · 最終更新: 2021/11/05 22:44 by Satoshi Nakagawa