text:sesuisho:n_sesuisho3-047
醒睡笑 巻3 不文字
28 この四十年ばかり以前江州永原に祈祷連歌ありし・・・
校訂本文
鐘のついでに1)。
この四十年ばかり以前、江州永原に祈祷連歌(きとうれんが)ありし。その日、京より永原へ行く侍一人、道の辺(ほとり)の石に腰かけ休むみぎり、杖を突きたる白髪の老人、静かに歩み寄りて、いろいろのこと語り、「われは今朝とくより先ほどまで、連歌のありつるを聞きてゐたり。面白き句のありしよ。
おぼろおぼろに鐘ひびくなり
老いぬれば耳さへもとのわれならで
これに心なぐさみぬ」と。
立ち行き給ふその気色(けしき)常ならねば、侍も心ありけり、跡をしのび送りけるが、つひに見失ひぬ。「まがふべくもなき北野2)の神ならん」と沙汰しあへりき。
老いぬれば人の教へを初音にてわれとは聞かぬ山ほととぎす
いつの日のいつの時より聞きはてんわが住む山の入あひの鐘
翻刻
鐘の次でに 一 此四十年斗以前江州永原に祈祷連歌(きとうれんが) ありし其日京より永原へ行侍一人道の辺(ほとり)の/n3-21r
石に腰かけやすむ砌杖をつきたる白髪の 老人静にあゆみよりていろいろの事かたり われはけさとくより先程まて連歌の有り つるを聞てゐたり面白句のありしよ おほろおほろに鐘ひひくなり 老ぬれは耳さへもとの我ならて 是に心なくさみぬと立行給ふ其けしき 常(つね)ならねは侍も心ありけり跡をしのひ送り けるがつゐに見うしなひぬまがうべくもなき/n3-21l
北野の神ならんと沙汰しあへりき 老ぬれは人の教をはつねにて われとは聞ぬ山ほとときす いつの日のいつの時より聞はてん 我すむ山の入あひの鐘/n3-22r
text/sesuisho/n_sesuisho3-047.txt · 最終更新: 2021/10/03 13:23 by Satoshi Nakagawa